ジャニーズ問題はアイドル指向礼賛社会の帰結である

コーヒーブレイク

アイドルはお好き?

この国ではアイドル事情として男子はイケメン、女子はかわい娘ちゃんでさえあれば、本人の実力はさほど求められない。何事も顔や仕草の可愛さだけで許されてしまう。そんな社会が今のこの国には出来上がってしまっていることの問題性が一つある。

その状況をファン層という得体の知れない無能集団が支えているというコジラシタ社会状況が、益々事態を悪くしている。

しかも、このアイドル路線なる指向性が、タレント界のみならず映画やTVドラマ界、さらには演劇、歌舞伎、等々様々な分野に至るまで侵食してきているように思えてならない。

確かに、昔から人気のある映画俳優などは若いうちにはアイドル的な要素はあった。しかし、それらは演技力の成長とともに演技派へ転身していくことで問題は解消されていった。

また、初めからアイドル路線とは無関係の異端児的な演技派俳優もたくさん存在していた。それが映画やドラマなどが総合芸術たる所以だと思う。

□アイドルは、もともと飼い慣らされた存在

アイドルとは、もともと体制側(プロモーションや主催者側)の都合のもとに敢えて造られた存在である。ジャニーズはその最たるものだろう。

アイドルに成りたい若者を使って、ショービジネスやTVで金儲けをしたいポロモーションが作り出した偶像、それがアイドルである。時として恵まれたアイドルが飛躍的にブレイクすることもあるが、その背後にはニューミュージック界の頭脳集団の貢献があったからこその部分も大きい。

例えば、山口百恵は、宇崎竜童・阿木曜子コンビの楽曲で成功し、80年代の松田聖子はユーミンと松本隆のコンビによる楽曲で成功した。中森明菜にも、色々な才能が注がれた。

ジャニーズで言えば、SMAPの「世界に一つだけの花」は、槇原敬之の曲、キンキキッズの「ガラスの少年」は山下達郎の楽曲である。

このように、たまたま恵まれたアイドルが異常にブレイクすることにより、世の中全体がさらにアイドル指向に傾く状況を作る。そのループが連続してきた。その渦中で一番おいしい目に合ったと思われるアイドルたちは、もともと飼いならされた存在であるから、何も物申す者は少ない。

今回の事で言えば、ジャニー氏と最も近い存在であった滝沢秀明が口を開かない事をして批難を受けていることは当然のことであろうか。

キムタクも中居も、城島も、「口を開けよ」と私なら思う。多くが口を閉ざす中で東山だけがこの責任を取るだけの気概とストイックさがあるということなのだろう。そこを見込まれたに違いない。

社長の座に就くということは、この場合「責任を果たす」ということを意味するからである。

テレビ界の責任と忖度社会

オーナーの藤島ジュリー景子氏の所有する資産が一体どのくらいあるのか、私は数字によわいので分からないが、よほど巨額なのだろう。

TV界がそこと癒着・共依存してきて一部の受益者のWIN-WINの関係だけで富を分け合うという構造が社会的に問われるのは当たり前のことである。

この社会に「忖度がはびこっている」ことは、井ノ原氏が発言したことの通りである。
「忖度社会」は権威のある者だけを富ませて、同時に世の中を硬直化させる。戦前に「戦争反対が言えなかった」ことと同じようなことは、今でも多く存在する。

例えば、「原発反対」、「天皇制反対」、「防衛費増強反対」、「教科書廃止」、「ウクライナ戦争反対」、「国連安保理廃止」「地球温暖化、二酸化炭素犯人説の崩壊」etc.etc.

のように、言論の自由が拘束されている姿があちこちにある。それらの多くは、体制側の圧力によるものばかりである。「忖度することの自由」や「何も物申さないことの自由」などのつまらない自由は、民主主義の崩壊を意味する。

これからの社会は、だれもが物申す社会にならなければ良くならない。子どもも大人も、おじちゃんもおばちゃんも、アイドルも、女優も、アーティストも、みんなにそのことが付きつけられている。

「言論の自由」が忖度によって封殺されない社会を構築していかなければならない。まだ、ホッカムリしたままで処女面しているジャニーズタレントも関係者もみんなが口を開くべきである。そこから民主主義が始まる。

私自身、北公次氏の暴露本のことも、裁判で最高裁まで行ったことも今回まで知らなかった。その第一の理由は私が「アイドル」というものに関心がなく、価値を感じてこなかったからである。第二の理由は、TVも新聞もその他のメディアもそれを取り上げて報道しなかったからである。そこには、明らかに忖度と癒着がある。

アイドルたちの系譜

・初代ジャニーズ1962年~67年、フォーリーブス(1967年~1978年)

・初代御三家歌手 橋幸夫 舟木一夫 西郷輝彦(1960年代)
・グループサウンズ(1960年代後半)
スパイダース・タイガース・テンプターズ・オックス他多数
【70年代】
・新御三家歌手 野口五郎 郷ひろみ 西城秀樹
・山口百恵(1972年~1980年)引退時21歳、31枚のシングル
【80年代】
・松田聖子(80年デビュー)中森明菜(82年デビュー)他、女性アイドル多数
・光GENJIデビュー(1987)スマップデビュー(1988)、TOKIOデビュー(1989)

【90年代】
・ジャニーズ系の男性アイドルグループがたくさんならび、アイドルグループ全盛期となる。
これ以降、ジャニーズ系のアイドルグループが頻出するが、多くなるにつれだんだんと小粒化していく。
・女性もアイドルはグループ化していく。モー娘(97年~)
・V6デビュー(1995)、kinki Kidsデビュー(1992)、嵐デビュー(1999)

【2000年代以降】女性アイドルもグループ化していく。ジャニーズ系アイドルもさらに増え多様化していく。
・AKB48(2005年~)
・乃木坂46(2011年~)
その他、省略

アイドルの価値を正確に査定する

私は、世代的に和製フォークの勃興した時期に高校大学時代を過ごしたので、もともと反アイドル指向だったことを今でもプライドとしている。同時期にグループサウンズはいくつもあり、ヒット曲も結構あったが大した興味もなかった。

そのような資本の都合で作られたものではなく、自分のオリジナルを表現することの大切さを追求してきたことが、私の判断基準となっている。それも、現在と違って何かに対する「反」の意識が私にとっては大切だったと思う。

いつの時代もそうだが、民衆がアイドルに狂奔している状況は、権力者や国の為政者にとってとても安泰な状況なのである。若い年代層が、自分たちに向かって矢を打ってくることがなくなるからである。

そうなると、為政者は安心して国民の抑圧に手を付けられる。もうすでにこの国は忖度の蔓延する「ゆるやかな独裁国家」なのである。若い人ほど「自由の大切さ」を標榜して豚箱の中の自由に甘んじていてはいけないと考える。

若者よ、もっと政治を見よ。

今回のジャニーズ事務所を例にとるならば、ジャニー喜多川という独裁者に会社全体が牛耳られ、隅々まで忖度がはびこった。そこに独裁者の犯罪は深く広く進行した。これは、プーチンのロシアと全く同じ構造に見える。そこに民主主義はない。

貴方たちがアイドルに染まれば染まるほど、世の中の危うい状況に拍車がかかるかも知れないということである。独裁者の犯罪は民主主義でしか止められないからだ。

「芸能人」とは、芸術的能力のある人々のことを指す言葉であり、タレントと言う言葉で置き換えてみても、それは本来「才能」と言う意味であるから、イケメンであるとか、美人であることそれ自体は才能とは関係がない。

アイドル礼賛指向は、本来アーディスト指向と方向性を異にする。大抵の場合は、いろんな意味でアート性においては劣るものであるとの認識が必要だろう。つまり、芸術的普遍性に劣れは、おのずとブームが去れば淘汰されることになる。それがアイドルの宿命とも言えるだろう。



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