そう言えば、桑田節についてこれまで一度も触れていないということに気づきました。
そこで今回は特段のテーマは決めずに私の「桑田佳祐の初期」体験について語ってみたいと思います。
私は、サザンが登場してきたころから「愛しのエリー」辺りまでの時期について書こうと思います。その後は意図的に彼らを追いかけたことがないので熱心なリスナーだったとは言えないと思います。
しかしながら、ラジオやテレビの話題などで時々は耳に届く歌もあったりして、そこは外のロックバンドのように「名前くらいは知ってるけど歌は聞いたことがない」というのとは若干だけど決定的な違いがあります。
1978年、サザンがデビューしてからはや45周年、それはユーミンの50周年に続く長さでしょうか。45年前とはYMOが活動を始めたころでしょうか。
ユーミンは、10年ほど前に「支持褒賞」、そして少し前に「文化功労章」に選ばれてめでたく年間350万円の年金がつくのだそうです。しかもそれは非課税だそうですから、我々庶民ならたいそうな暮らしの足しになるような額です。
彼女にとっては、そんなはした金は必要のないものでしょうから、僕の口座にそのまま振り込んでもらえるととてもアリガタイです。話がユーミン方向にズレてしまいましたが、桑田さんの場合は、その辺の権力側とのおつきあいの程はどのようになっているのでしょうか。
■「勝手にシンドバット」デビュー当時
♬今 何時? そうね だいたいね
今 何時? ちょっと 待ってて
今 何時? まだ 早い ♬
茅ヶ崎、湘南、江の島 と御当地ソング的な部分もあるこの歌です。
内容としては、男子が、帰りたがっている女の子をテキトウな言葉で引き留めようとしているようなチャライ歌で登場したのですが、当時これはなかなかのインパクトがありました。
早口での歌い方なので、なかなかすべての語句を完全には聞き取れません。ある意味そこが狙いで、早口に紛れて言いたいことを言ってしまおうともしています。聴く人に聞きとれないなら、けむに巻いてしまっちゃえとスリルを味わっているのかも知れません。
黒柳徹子さんMCの歌番組に登場し、スタジオの中なのにクレーンにつられての破天荒なパフォーマンスがあったように記憶しています。(私の記憶が正しければの話ですが)その頃、徹子さんはこの早口の歌を聴いて英語で歌っているものと思い込んでいたのだそうです。
それには、「日本語なのに英語風のニュアンスで歌う、しかも早口で」という桑田佳祐の戦略があります。それは、今も尚続いているように思われます。とても饒舌な日本語フレーズなのに英語風で、さらに時折英語スペルの言葉まで度々加わるので、尚更音のノリが粋に聞こえたりするのです。
桑田佳祐氏は、作詞においてとても饒舌に自由奔放な言葉の転がし方をしている人物だと思います。それは天性的な才能でしょうか。そこに、語音を日本語風から英語風に変換するとか、さらに言葉の意味を敢えて無化してニュアンスだけで歌うなどの実験的な試みも初期のころからありました。
「10ナンバーズ・カラット」という古いレコードを持っていますが、其の中の「アブダカダブラ」という曲の歌詞には、トランプ記号の表記だけが並んでいます。もはや日本語でさえないのです、
でも、それを聴けばそれなりに日本語風に聞こえるのに言葉の意味が解らないというもどかしくて不思議な、まるでハナモゲラ語の日本語版なのでしょうか。ホントに不思議な歌詞です。ある意味、かなり実験的であるとも言えます。
■「C調言葉に御用心」
当時、結構気に入っていた歌に「C調言葉に御用心」があります。
これも自由奔放な桑田節ですね。早口に紛れて、ちょっとお色気もぶち込んでイケイケのケムに巻く戦法です。
♬たまにゃ making love
そうでなきゃ hand job ♬
この部分などは、明らかにそうだと思います。同じようなことを「恋人も濡れる街角」でもやらかしています。
♬ああ時折雨の降る
馬車道あたりで待っている
もうこのままでいいから
指先で俺をいかせてくれ♬
歌詞全体には脈絡がありそうでなさそうな、それでもあるにはありそうな感じで男と女の関係性を歌にしています。そしてどさくさ紛れのこのエロフレーズがよく効いています。アンチインポテンツな試みも感じられます。
世の中の表向きが清潔で潔癖を装う偽善性で覆われていることに対する彼なりのアンチ精神なのかも知れません。
■「桑田節」
ここで例に取り上げた歌は初期のものですから、とても古く感じられることと思います。しかし、彼のスタイルは当初から出来上がっていて今に至るまで基本は変わらないと思います。その分インパクトは始めの方が大きかったと思います。
「愛しのエリー」などは、ほんと名曲です。
桑田佳祐の後には大物が出てきていない。私などは勝手にそう思っています。「~節」という称号は大物にしか与えられない、大物にしか似合わない称号だからです。
私の知る範囲では、「拓郎節」(吉田拓郎)、「加川節」(加川良)くらいでしょうか。他には「~サウンド」と言うのがあります。例えば「ユーミンsound」のような。
桑田節の特徴は
・自由奔放な早口の歌詞、それでいて印象的なフレーズで韻を踏む
・どさくさ紛れのエロフレーズのぶち込み
・イケイケのハッピーサウンドロック
・コーラスの絶妙な使い方
・「馬車道」「ヨコハマ」「茅ヶ崎」「湘南」「江の島」etc…地名などのご当地言葉のぶち込み
・長きに渡る広範なファン層の絶大なる支持
・etc
これらの全ては桑田佳祐氏の音楽的・詩的才能によるものであり、絶妙なバランス感覚と器用すぎる手さばきの上手さなどによるものでしょう。
■僕が積極的に関わってこなかった訳とは
私の桑田体験は、サザンのデビューから数年間の間のことです。彼の才能は初めから光っておりました。そのヒット状況は飛ぶ鳥落す勢いであり、環境は充分に整っておりました。
にも拘わらず私には若干の不満が残ります。彼ほどの未来が約束された才能と環境があれば、もっと表現のターゲットの幅を意図的に広げることが容易にできたのではないでしょうか。
世の中には他にもいろいろなことが溢れています。茅ヶ崎等関東にも近い未来に大地震や津波が来るかもしれないし、温暖化の耐えられない暑苦しさ、この国の経済状況の悪さや人々の苦しみ、政治家たちの怪しい無能さ等々、取り上げれば無限のネタがあるはずです。
ですが、残念ながらそういった方向へのアプローチはほとんど見られなかったような気がします。彼ならば、ボブマーリーのようにアーティストの立場からでも歌を通して、世の中に物申すことも可能だったはずだと私は思うのです。
そのことで、ファンも民衆も離れたりしないとも思うのですが。なにしろ、桑田佳祐とはそれほどの器なのですから。
一点、桑田氏が「紫綬褒章」を受けたあとに物議をかもしたエピソードがあったみたいですね。私もこの記事を書くためにググった結果知る事ができた事件ですが。確かにこの国では天皇の名において下されるものの断り難さは半端なさそうですね。
ビートルズも女王陛下から勲章を受けて話題になり、後に返したという逸話でまた話題になったことがありますね。日本でも大江健三郎氏や城山三郎氏は勲章を辞退したという話はあります。
いっそのこと桑田さんも、往年の盗塁王である福本豊さんのように「そんなんもろうたら、立小便も出来なくなるわ」と辞退してしまえばよかったのかもしれませんね。それは「国民栄誉賞」に推挙された時の話ですが、似たような話ですから。
その上で、この先に期待したいものです。ご意見番として世の中に物申して頂きたいと思うのは果たして私だけでしょか?


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