■音作りの職人 TATSURO YAMASHITA
アルバムSoftly買いました。しかも初回限定のボーナストラック付きです。ざっと聞きましたが、音作りに関しては裏切られることはありませんでした。さすが、音作りの職人です。
あのテルマエロマエの作者である山崎マリさんの描かれた自画像が古典的なインパクトを添えています。
私は、FMラジオの長寿番組「サンデイソングブック」(通称「サンソン」)を時々聞くのですが、ほとんどはオールディーズの曲が中心にかかります。
1950~1960年代の曲が多く、私などは知らないことの方が多いのですが、達郎さんの頭の中や記憶にはその時代からの様々なサウンドがインプットされていて、おそらく生き字引的な状況なのだと思います。
ですから、曲の分厚いサウンドには洋楽の先進的なスキルが如何なく組み込まれています。綺麗なメロディと強いロックの音、そしてそれに負けないシャウト無き声。
歌詞も曲も自身の手によるもので、アレンジも本人によってなされているものです。コンピュータープログラミングとシンセサイザーオペレーションによる曲もたくさんあります。
凝りに凝った音作りは、コロナ禍でツアーが思うようにできなかった分、スタジオでの曲づくり・音作りに邁進できたということを、関ジャムで語っていた達郎さんです。
アルバムリリースに関連してツアーが始まりました。達郎氏は以前からホールツアーを大切にされている人で、アリーナツアーやドームツアーはされません。音楽を聴くならばホールでの音が最高であるというポリシーによるものです。
曲数が多めに設定され、トークもそこそこ入りますので、大概は時間が長くなります。達郎氏本人の心行くまで歌いたいという気概はそのままファンへのサービスと同義語的に繋がっています。
■アルバムのディスコグラフィー
Softly (TATSURO YAMASITA)
01. フェニックス
02. LOVE’S ON FIRE
03. ミライのテーマ
04. RECIPE(レシピ)
05. CHEER UP! THE SUMMER
06. 人力飛行機
07. うたのきしゃ
08. SHINING FROM THE INSIDE
09. LEHUA, MY LOVE
10. OPPRESSION BLUES(弾圧のブルース)
11. コンポジション
12. YOU(ユー)
13. ANGEL OF THE LIGHT
14. 光と君へのレクイエム
15. REBORN(リボーン)
※この曲数たるや、さすがアルバムアーティストの面目躍如です。ビートルズ以降、1970年代辺りから20~30年間ほどのしばらくは、アルバム作成はミュージシャンやシンガー・ソングライターのステータスの高さへの挑戦でした。
最近そのスタイルはやや、崩れつつあるようにも思えます。それでもユーミンなども自らをアルバムアーティストと位置付けています。(39枚目のアルバム「深海の街」ツアー中)
達郎氏の書く歌詞は、とても煽情的だったり挑発的だったりの強い言葉ではなく、どちらかと言えばクールなフレーズが多いと思います。特に初期の頃はそんな感じが強かったと思います。ラブソングでも過度には相手にのめり込まない感じです。
若い頃は、もっとストイックな歌詞が多かったようで、吉田美奈子さんの詞に付けた曲なども多かったです。それはそれで切れ味があって、いい感じでした。
多分、洋楽の音にどう言葉を乗せるかに腐心されていると思いますが、僕の推奨するようなメイクドラマ的ではありません。とにかくクールです。
■テレビ「関ジャム」に声の出演
この程、テレビ朝日の番組「関ジャム」に、2週続けて声の出演をされた山下達郎氏です。主に若いミュージシャンの専門的な質問に答えるという設定で行われたものです。
以前から、よく達郎氏の言われていることですが、氏の目指されている楽曲のスタイルは、一言で言えば「強いビートに綺麗なメロディー」ということのようです。
具体的には、メロディラインの音律とリズムのアンサンブル(合奏や重奏)、これに声のアンサンブルも含めて、複雑な組み合わせが実現されているのが彼の楽曲です。
リズムの異なる声部が同時に奏されるクロス・リズムを含む演奏全体でグルーブ(ある種の高揚感)が達成されていると言えばいいのでしょうか。
ご存知JR東海のCMソングとして今でもよく話題にもなる「クリスマス・イブ」の間奏部分の声のハーモニーで、どれだけの声を重ねているのかという質問が取り上げられていました。
それについての達郎氏の回答は、50声ぐらいの自分の声を1日で重ねたということでした。氏によれば、1日でやってしまわないと、日を変えるとバイオリズムのせいなのか、合わなくなるということでした。
氏の、ハーモニーへのこだわりは半端なく、過去には趣味のアルバムで「ON THE STREET CORNER」というアカペラだけのアルバムも数枚出ています。もちろんそれは、氏の声を幾重にも重ねただけのアカペラalbumです。
「関ジャム」テレビでのインタビューでは、達郎氏は質問に答えて、音楽をやる意味は「人間が生きることへの肯定」として、海外ツアーの計画のありなしについては、「なし」との回答でした。
その上で、そんな暇があったら、もっと地方都市を回って、自分たちの世代(70年安保世代)のために歌いたいという意外な回答でした。世代性を強く意識したその回答には、私などはとても嬉しい意味を感じました。
現在の若いミュージシャンに人たちに一番欠けているのは横のつながりだと思います。せめて同年代の人たち同士でも世代性を共有する意味でも連帯を深めて欲しいものです。
実際、達郎氏などは、細野晴臣氏や大瀧詠一氏その他、数多くの同世代のミュージシャンとのつながりは網の目の様に幅広いもののようです。
番組の出演者の皆さんは、達郎氏の長年の音楽活動に関して一致して「誠実」という表現で締めくくりが行われました。
■最後に、今回のアルバムからOPPRESSION BLUES(弾圧のブルース)の歌詞を紹介しておきます
これは、氏がミヤンマーや香港などの市民に対する厳しい状況に呼応して作った曲だというコメントもラジオでされていました。
OPPRESSION BLUES(弾圧のブルース)
紹介したい歌詞ですが、ある事情で紹介できません。
やはり、世の中への憤りからくる心の叫びが達郎氏の中にあるのですね。「?」の多さがそれを物語っています。
■私の達郎サウンド初体験?
蛇足的ではありますが、私自身が最初に達郎サウンドに濃く触れたのは昔々のことです。
それは、私が結婚して新婚旅行でヨーロッパに出かける福岡空港でのことでした。東京に向かうために飛行機に乗る前に売店でふと目に付いたカセットテープを買ったのです。それが、「ライド・オン・タイム」のアルバムでした。
新婚旅行と言っても、アムステルダムに住む実の兄のところに転がり込んで、お世話になるというものでした。
幸いにも兄は、車でオランダ→ドイツ→スイス→イタリア→オーストリアと、連れて行ってくれたので、同中の車の中で常にそのアルバムが繰り返し鳴っていました。
向こうでは、街から街への移動はほとんどが高速道路でアウトバーンを走りながらのことなので、何日もじっくり聞いていた感じです。
それはもはや、40年も前のことでしょうか。その後、日本に帰ってから、達郎ファンの友だちに、古いアルバムの(3th)「GO AHEAD」や(4th)「MOONGLOW」を借りて聞くと、そこには、妥協のないストイックな音作りがありました。
ライド・オン・タイムのヒット以前に、すでに完成形のサウンドがありました。これらが、私の達郎サウンドに触れた初期の頃でありました。
余談ですが、「イエロー・キャブ」という不思議な曲調の歌がありまして、それは達郎さん唯一の放送禁止歌です。是非探してみてください。





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