2022-07

シュールな表現

井上陽水の「傘がない」は時代の反映が見られる

井上陽水の最初のヒット曲は、1972年にリリースした「傘がない」とう曲です。この曲は、とても当時の社会心理を反映しているように思えます。1968年・69年の若者の反体制運動の季節の後の戸惑う心理状態がよく表現されています。歌のアレンジはシャープでスローな感じです。
メイクドラマ

ユーミンの歌、聖地巡礼「海を見ていた午後」「よそゆき顔で」メイクドラマ10

歌に地名や店名などの固有名詞を導入すると、パワーワードとなり歌そのものの力が増します。ユーミンの曲「海を見ていた午後」や「よそゆき顔で」にそれがあります。「山手のドルフィン」「三浦岬」「観音崎の歩道橋」などがそうです。これらの歌を聴くと、聖地巡礼をしてみたくなるのは自然なことです。そんな場面をイメージしながら曲を聴いてみてはどうでしょうか。
歌詞の良し悪し

マカロニえんぴつ 「なんでもないよ、」について考える

若いグループの歌が若い人たちにヒットする、つまらない演歌がお年寄りにヒットするというようなことはいくらでもあることです。しかし、それらの歌が世代を超えて、時代を超えて長く愛されるとか、あまり知られなくとも普遍性のあるレベルにあるとかの事は別の問題です。この講座は、普遍性のある音楽の創作を目指して切磋琢磨する場所です。
ミュージシャン列伝

忌野清志郎 自由な詞調は、彼の自由な生き方が書かせた?! 「トランジスタ・ラジオ」の詞を例にとって

キング・オブ・ロックと称される忌野清志郎が率いるバンド、RCサクセションは日本のロックをけん引してきた。「ロックン・ロールとリズム&ブルースしかやったことがないんでね」と豪語する彼の音楽は確かにスケールが大きかった。2009年58歳で逝ってしまったことは、日本のロックにとって大きな損失だった。生前の彼のメッセージを本気で受け止めてみたい。
歌詞の良し悪し

中森明菜というアイドルのイメージ戦略は一貫していた

中森明菜さん、最近はなかなか人前に登場しませんが、アイドル路線まっしぐらの時期はそのプロジェクトはイメージ戦略が一貫していました。当時は3か月サイクルで新曲を出し、寝る時間もなく東奔西走するのが売れてるアイドルの宿命でした。彼女の場合には多くの作詞家・作曲家が惜しげもなく投入されヒットを連発。シンガー・ソングライターを目指す貴方なら、一度そのイメージ戦略で統一された歌詞の世界を覗いてみてください。
コーヒーブレイク

「オードリー・ヘプバーン 99の言葉」からレジェンドの生涯を夢想! 貴方はどんな歌詞を紡げるか?

「オードリー・ヘプバーン99の言葉」には、彼女の生涯が語られています。1929年に生まれ、奇しくも戦時下のオランダではアンネ・フランクと同じような生活を強いられました。その体験が後の彼女のユニセフ活動などにもつながっています。映画女優としての大成功の影には人生の苦悩がありました。
放送禁止歌

ジョン・レノンの「イマジン」(Imagine)と、忌野清志郎のカバーを比較する

ジョン・レノンの名曲「イマジン」は世界中で愛されていますが、一方で宗教団体の側からの反発もあるようです。この歌を日本人にも意味の分かる形で伝えたいと思ったのが忌野清志郎氏です。でも、単なる日本語訳をしただけでは元々のメロディに言葉が乗らないという言語の壁にぶつかってしまうのです。さて、清志郎さんは、どう歌ったのでしょうか。貴方もどんな歌詞なのか確かめて見てください。
コーヒーブレイク

昭和アイドル歌手時代の女性トップ3 どんな歌詞が歌われたのか

70年代の半ばには、すでに歌謡曲にもニューミュージックのアーティストたちが進出します。山口百恵、松田聖子、中森明菜さん達のヒットの裏には、ユーミンや松本隆氏、宇崎竜童・阿木曜子夫妻、来生たかお・えつこ姉弟、その他の多くの才能が関与してアイドルを支えたのでした。
コーヒーブレイク

山下達郎 アルバムSoftlyリリース、ストイックな音の職人

山下達郎さん、13年ぶりのニューアルバムがリリースされました。これに関連してテレビ番組の「関ジャム」で声の出演として2週続けてのインタビューが流れていました。その印象としては、達郎氏の誠実な音や楽曲への姿勢、CM作りのこれまでの仕事ぶりなどたくさん語られました。若いミュージシャンたちの質問への回答という形での語りでした。面白かったです。