加川良さんは、私が最も回数多くライブに足を運んだシンガー・ソングライターです。歌う吟遊詩人とも言われる良さんの魅力ですが、私はどのように、皆さんに説明したらいいのか未だに迷いつつこのページを書いています。
■吟遊詩人の勲章
良さんには、昔から好きな歌がたくさんあり、私の住む九州北部へも毎年どこかへは必ず歌いに来てくれてました。あるときには長崎の田舎町だったり、ある時は唐津に近い海辺の野音だったり、またある時は博多の街中のライブハウスだったりします。
私の場合は若い頃に「アウト・オブ・マインド」(1974)という4枚目のアルバムを聴いたのが、運の尽きでその後の長い付き合いの始まりとなりました。
ある時の小さな野音コンサートで写したスナップ写真を、別な日の小倉でのライブハウスでお渡ししたのがきっかけで、時々は良さんから絵葉書が届くようになりました。一言の文言が添えてあり、たいていは旅の途中からのものでした。それは、今でも私の宝物です。
いくつもの旅唄や、男と女の関係の逆転した歌や、宇宙や地球の基本である「太陽」や「水」「川」「丘」・・・等々の歌と、その合間の語りのすべてが良さんのライブというものでした。
歌が加川節なら、喋りも独特で面白く笑いのツボはバッチリです。
・私は「フォーク」が大嫌いです。
・2~3曲歌ってさっとおわって、みんなで打ち上げしよう。
なんて調子でしゃべりが入ると、みんなが笑うのです。
多くの常識人の常識から外れた歌の発想が面白く、世の流行や風潮には流されず、オリジナルな旅歌人生を死ぬまで貫いた加川良とは、やはり吟遊詩人の名にふさわしい生き方をした人だと思います。
加川良さんのライブでは、長い歌手人生の中での古い歌から、新しい歌まで満遍なく歌っておられた。自分の作ったたくさんの持ち歌の中から、毎回歌われる曲もあれば、久々に聴く歌もあるし、この曲は聞けなかったが、この曲は今回聞くことが出来たというように、毎回のライブの違いも楽しみでした。
2016年12月の初旬の事であります。福岡市(博多の町)大名にあるライブハウスで、私にとっては最後のライブを聞きました。
そのライブの終わりに、「12月半ばからのちょっと検査入院をします」と言って明るく、「又の会える日を楽しみに」といった乗りで
挨拶があり帰途に就いた私とカミさんでしたが、それが最後となりました。
年が明けて2017年(4月5日)4月には突然の訃報を聞き、後に白血病だったということを知りました。
聞けば息子さんも音楽の道にあるということで、カエルの子はカエルだなと思う反面、ライブの中ではあれほど饒舌な語り手だった良さんから家族の事は全く聞いたことがありませんでした。
以前、私は良さん本人に「西岡恭蔵さんのことをどう思いますか」と直接訊ねたことがありました。その時、良さんいわく「俺は彼が自分で命を絶ったことを許していない」という旨の話をされました。
私は、恭蔵さんが躁うつ病の果ての自殺だったことを最近知って、良さんはその辺の事に詳しくなかったのかなと思いますが、良さんたちの同世代のミュージシャンたちは、横のつながりはとても密で、それが団塊世代の音楽シーンを作り上げる一つの大きな原動力になったのかなと思います。

■良さん、旅歌の世界
「あした天気になあれ」(アルバム「アウト・オブ・マインド」)
作詞・作曲:加川 良
雨があがって 陽だまりの中
時はころがりつづけ
僕はまた、ひとつ乗りおくれ
国道に立っていた
光る風と かげろうにもつれ
川の流れに沿って
あなただけが
この道のりを わかってくれる
※一番電車を見送って
目覚めの紅茶を飲んで
シャツのそでを まくり上げ
オンボロ車に 乗って
あの丘の上 ゆれて染まる 季節の変わりめ見つけ 昨日の唄を ひとつ口づさみ 国道に立っている はるかな夢は あの森を抜け 緑の風に溶けて 明日の唄が 南の街へ 連れてってくれる
(以下省略)
旅歌と言っても、どこどこという地名が出るわけではない、いわば心の旅というものなのか、或いは自分が今どこに居ようがオールタイム人生の旅の中にあるという感覚なのか、どこにでもある森や国道など、だれもが見慣れた風景が旅の背景なのです。
そんな旅歌が良さんのたいていの場合の旅歌です。それらは恋の歌の形式はとらず、この歌の場合でも「あなただけが この道のりをわかってくれる」のたった一行のみが女性を感じさせるフレーズであり、それ以外にはありません。基本的にストイックな旅なのでしょう。
私は、そのような表現を「こらえ性がある表現」として評価しています。私の中ではこの「こらえ性」という観点はとても重要なポイントです。もしかしてたった一行の恋部分にすべてを封じ込めているのかも知れません。それもある意味「こらえ性」です。
ここに挙げた歌詞の数行は、ほとんど情景の描写で空間的な広がりを感じます。「雨があがる」「陽だまり」「風」はわりと一般的な誰でも使う一般名詞的なことばですが、「国道」の言葉や
「一番電車を見送って 目覚めの紅茶を飲んで
シャツのそでをまくり上げ オンボロ車に乗って」
の部分は、オリジナル性の強い歌詞部分です。なんだか、気まま旅だなぁとほのぼのするようなフレーズです。
「目覚めのコーヒー」ではなく「紅茶」であり、また「高級外車」ではなく「オンボロ車」なのが、ヒッピー的な貧乏旅なのだというストーリーを感じさせてくれます。
これは、空間的広がりのある現在進行形の旅歌で、時間的な奥行きはあまり歌われていません。旅は第一に空間的な移動を意味しますから、空間的な広がりの表現はまず必須です。
ですが、そもそも、ほとんどのシンガー・ソングライターは旅歌を作って歌うということができていません。ほんのわずかな人だけが旅の歌を歌えるんですね。実は、このアルバムの第一曲目も旅歌です。
■「ラブ・ソング」 作詞・作曲:加川 良
北の果てから南の街へ
ほっつき歩いて
なんといわれようと
やめられないんだ
住んでみたくなるよな
街もあったけど
いつも季節変われば
それまでだったよ
※あのレールのずっと向こう
どこまで行けるのかね
ほんとこの先僕は
何をすればいいのかね
落ちつかないんだ
(後は省略)
ここに挙げた良さんの二つの歌は、空間的な広がりの気ままさが、とても心地のいい歌で、それがこれらの雰囲気をフィックスしているのかも知れません。
住んでみたくなるよな
街もあったけど
いつも季節変われば
それまでだったよ
のこの部分だけが、若干の時間的奥行きを感じさせます。
歌の醍醐味としては、旅の目的やゴールがはっきりとあるわけではない、彷徨いの旅であり、自分が何者かもわからず、何をすべきかもわからないような気楽な旅の心地よさと「落ち着かなさ」が同居している心情が同時に唄われています。
「ほっつき歩き」「止められない」など、気ままな風来坊的な生き方が唄われ、リスクも承知の上でのアウトロー生活が人生の若い時期の選択として成立している感じがします。そんな時代もあったということでしょうか。
今でいう「自分探しの旅」的であったり、「バックパッカー」のようなイメージとクロスします。昔は彼らのことをヒッピーと称した時代がありました。
ヒッピー文化の時代は同時に高度経済成長の時代の只中でもあり、滅私奉公の企業戦士となる若者と、ヒッピーのようなアウトサイダーの道へ行く若者の二極へと別れる生き方は、今も似た部分があるのかも知れません。
いや、きっとあるはずです。
お笑い芸人を目指したり、舞台俳優を志したりして、下済み生活をする人たち、シンガー・ソングライターを目指して街角で歌ってみたりする人たちは、いまでもたくさんいます。
ところで、この曲のタイトルは「ラブ・ソング」ですが、それらしき歌詞はほとんど出てきません。
最後辺りに
あの夜風でさえもきっと
誰かに恋してる
いつになったら僕は
君を好きだと言えるのかね
という歌詞があるだけです。たったこれだけです。
好きな女に「好き」とも言えずに、ほっつき歩きの旅に出てしまう、そんなどうしようもない風来坊の歌なのです。これも「こらえ性」のある恋のひとつでしょうか。
■「イージーライダー」のピーター・フォンダが亡くなる
ピッピーと言えば、映画「イージーライダー」を思い出します。
割と最近、ピーター・フォンダが亡くなったというニュースを聞き、改めてビデオを借りて見てみました。
二人のピッピー風な長髪の若者がハーレーに跨り、アメリカ中西部をあてもなく旅をする、それだけの内容ですが、気づいたことは、マリファナを吸う場面が何回も出てくるなということです。
当時は、別段異様には思わなかったことですが、マリファナ文化は今では異様に見えます。
「イージーライダー」が1969年放映で、加川良さんのアルバム「アウト・オブ・マインド」が1974年ですから、割と近い時代としての同質性や影響などは通底する部分があると思われます。
良さんの歌手活動の最初が1970年頃だと思いますので時代の影響はあると見ています。
■「どうにかなるさ」かまやつひろし (1970年リリース)カバーにみる良さんの晩年
今夜の夜汽車で旅立つ俺だよ
あてなどないけど どうにかなるさ
有り金はたいて切符を買ったよ
これからどうしよう
どうにかなるさ
こんな詞ではじまる歌がありますが、とても良さんの旅歌の心性が共通している。今思えば、加川良さんの晩年には、この歌をカバーして歌われていたことがあります。
良さん自身、この歌の心持に共感されていたんだなと思います。良さんの亡くなる直前のカバー曲の一つにこの歌と「春夏秋冬」泉谷しげるがあったのです。やはりキーワードは共感なのですね。
「吟遊詩人」→「旅歌」というこの必然性のありそうな良さんの人生感が歌われているのだと思いますが、私は実は良さんの晩年の歌を聴いていて、「哲学的」だなあと思うようになりました。
その哲学性についてもおいおい話を進めて行きたいと思います。


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