アイ&アイ
ボブ・マーリィが いっちゃった
ガンジャ・マウンテンのいただきへ
ボブ・マーリィが いっちゃった
アフリカ・マウンテンの てっぺんだ水 水 水 水 欲しいのは 水
どうぞ お気にとめないで
疲れた振りしてるだけ
どうせ 明日になれば
幸せって振りしてる水 水 水 水 欲しいのは 水
ボブ・マーリィが いっちゃった
女たちが 泣いてますぜ
女たちが 泣いてますぜ
女たちが 泣いてますぜ欲しいのは 水 水 水 水
ボブ・マーリィが いっちゃった
※1991年1月25日リリースのアルバム第1曲目の「アイ&アイ」です
ここでは、敢えて加川良さんの晩年の曲の中から取り上げてみました。
70年、中津川フォークジャンボリーを皮切りに、2016年までの長きに渡って歌を送り続けてこられた良さんです。
本来なら、70年代初めから時系列的にそのアーティスト活動の生き様を伝えられたらいいのかも知れませんが、これまでに書いた良さんの記事も歌「駒沢あたりで」や「コスモス」など、時系列にはなっておりません。
1991年と言えば、既に昭和ではなく平成です。その意味では昭和の歌ではないのです。
今回は、敢えて良さんの晩年の達観した歌声について書くことにしました。ところが、これが難しいのです。私など何十年も追っかけて来た人間にとってみれば説明なしでダイレクトに胸に響いて来る歌声であっても、一般の人にとってみれば説明なしでは分かりにくい難解さあるように思います。
この歌、イントロからしてゆったりとした美しいメロディが流れ、やがて遠くからウォッ ウォッ ウォッ ウォッ ウォッ と声が登場してくるのです。ファンタスティックな始まり方をします。もはや、フォークでもロックでもポップスでもないような、もちろん歌謡曲でもない新境地な良さんの到達した音楽なのです。
私の知る限りでは良さんは、ライブでボブ・マーリィについて語られるようなことはなかったと思います。でも、テレビでボブ・マーリィの特集番組があったときに、良さんがナレーションをされていたのを知っていたので、私には違和感はありませんでした。
ボブ・マーリィについて
わたしは、ボブ・マーリィに関して詳しくないのですが、一般的にボブ・マーリィは、言わずと知れたレゲエの創始者で、ラスタファリスト(ジャマイカ特有の宗教的運動)でもあるというようなことです。
ハードなレゲエで、民衆のヒーロー的な存在として、時のジャマイカ政治にも影響を与えたと言います。心地よいレゲエの独特なリズムに乗せて、大衆を導いたのでしょうか。
ラスタファリズムは、ジャマイカの民族宗教的な思想ですが、1930年代111代目エチオピア皇帝に即位したハイレ・セラシエ1世(ラス・タファリ・マコーネン)を崇め、アフリカ回帰を願うジャマイカ特有の思想・運動のようです。
なぜエチオピアなのかと言うと、この国がアフリカでは唯一植民地化されなかった国で他のアフリカ諸国のリスペクトの対象だからです。それは、アフリカ諸国の多くで国旗に使われている緑・黄色・赤の三色がエチオピア国旗に使われていることから、その強さにあやかっているものとされています。
難解な歌詞の内容
■「アイ&アイ」の意味とは?
カタカナの「アイ」とは難解です。「愛」なのか「I(私)」なのか、そしてなぜそうなのか? まったく解りません。
■「ガンジャマウンテン」とは何でしょうか?
「ガンジャ」とは、ラスタファリストの間では大麻のことを指し、それは神聖なものという思想があるとのことです。所変われば、考えが逆転するのでしょうか。
ですから「ガンジャマウンテン」とはジャマイカ人、とりわけラスタファリストにとっては崇高な共通したイメージがあるのかも知れません。そこへ召されたボブ・マーリィはやはり天井人として、リスペクトの対象であるわけです。
■「アフリカマウンテン」とは何処のことでしょうか?
ジャマイカのラスタファリ運動は、もともとエチオピアの皇帝崇拝に始まっているということを考えれば、アフリカマウンテンとは、エチオピアの山岳地帯のことを言うのだと思いますが、果たしてそうなのかは不安です。
エチオピアの山岳地帯は、「アフリカの屋根」とも言うそうですから天国に逝ったボブ・マーリィはその頂きへ行ってしまったということなのでしょう。
■最後に、なぜ「水」「欲しいのは水」なのでしょうか?
アフリカマウンテンの山岳地帯が、人口の増加による農地化が進み、その結果森林の後退による水の枯渇に見舞われていると考えるべきでしょうか??
カッチリと明確に分からないことばかりで申し訳ありません。
ですが、この曲のゆったりとした美しいメロディとこれらの言葉の奥深さが私の永遠の課題として、私の就寝のための曲になっているのです。ソプラノサックスがよく効いてます。
この難解さがむしろ哲学的に響き、ボブマーリィを信奉してこの歌を作り、歌った良さんも、骨髄性白血病により既に天国に逝ってしまいました。でも、この美しく崇高で不思議なアレンジの名曲は遺産として残りました。有難いことです。
贈りもの
次にもう少し分かりやすい、哲学的な曲を紹介します。
レゲエのBE-IN
ブルースのT-BONE
あいつの生まれは 地球南国土佐も
はるか十勝あたりも
青い 青い 地球女も男も
みんな泣いて 生まれた
まるい まるい 地球ラララララ…
ラララララ…
神様の泣きぼくろ
神様の忘れものレゲエの空だ
ブルースの色だ
見上げる空には 地球月の砂漠も
星降る夜も
青い 青い 地球ダイヤモンドも
ダイナマイトも
あきらめないで 地球あなた故郷はどこ
あなた故郷はどこ
太陽のそよぐ丘の上
海へそそぐ河の上レゲエのBE-IN
ブルースのT-BONE
あいつの生まれは 地球あなた故郷はどこ
あなた故郷はどこ
この歌、「地球」そのものがテーマなのでしょうか。
私たちすべての地球人の故郷としての青い地球が存在し、そこで生まれたすべての人間は平等なのだという感覚を謳っているのがこの歌です。
南国土佐も/はるか十勝あたりも/青い 青い 地球
つまり地球上のどこでも、例えばサファリ砂漠やアリゾナ砂漠も、シベリアの凍土の上も、アマゾンのジャングルの奥も、南極の氷の上も、どこでも地球上の存在なのだと言いたいのだと思います。
女も男も/みんな泣いて 生まれた/まるい まるい 地球
つまり女も男も、whiteもblackもyellowのいろいろな地球上の人々も、お金持ちも貧乏人もどんな民族の人も、みんな平等に「泣いて生まれた」ということが重要なのだということを言っているのだと思います。
地球というかけがえのない環境の前では私たちすべての人間は、どうあがいてみてもチョボチョボの誤差の中でしか生きていない。みんなの故郷は地球そのものであるということに他ならない。
あなた故郷はどこ/あなた故郷はどこ/太陽のそよぐ丘の上/海へそそぐ河の上
「あなた故郷(ふるさと)はどこ?」に対して、東京とか、北海道、鹿児島、長野とかでなく、富士山の麓とか、沖縄の海際とかでもなく、それは「太陽」「海」「河」のような宇宙にある太陽の光と地球の構成物である海と河だという原点思考です。
因みに、レゲエのBE-IN/ブルースのT-BONE/あいつの生まれは 地球ですが
「BE-IN」とは、岩手にある(あった?)レゲエの店(ライブハウス)のことだそうで、「T-BONE」とは、鹿児島市の天文館という繁華街にあるブルースの店(ライブハウス)のことです。
これらのように、加川良氏の宇宙観=地球観=故郷観の帰結がこのような哲学的な表現となって、良さんの達観した感覚が歌としてここに結実したものが存在していることに、私はとても安堵しているのです。
皆さん、このような哲学的な詞はいかがですか?


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