メイクドラマ3「アフリカの月」と「ポートメリースー」西岡恭蔵&KUROのブルースジャズ

メイクドラマ

メイクドラマ3

ここまでメイクドラマのテーマのもとに、ユーミンの「ハルジョオン・ヒメジョオン」「雨に消えたジョガー」、西岡恭蔵氏の「燃えるキングストン」(レゲエ調)「聞こえるかい?」(ロック調)などを紹介してきました。

そしてここでは「アフリカの月」と「ポートメリースー」の2曲を例示します。この2曲ともにKURO作詞、西岡恭蔵作曲です。特徴として2曲ともにジャズ調・ブルース調です。

西岡氏はレゲエからロック、ジャズ、カリビアン風と様々な音楽のテーストをモノにできた希代のアーティストです。

【アフリカの月】

古い港町流れる夕暮の口笛
海の匂いに恋したあれは遠い日の少年

酒場じゃ海で片足無くした老いぼれ
安酒に酔って唄う遠い遠い想い出
俺が旅した若い頃はよく聞け若いの
酒と女と浪漫求めて七つの海を旅したものさ

母さんは言うけど
船乗りは宿ぐれ海に抱かれて年取り
後は淋しく死ぬだけ

僕は夢見る波の彼方の黒い大陸
椰子の葉影に揺れる星屑
見上げる空にはアフリカの月

古い港町流れる夕暮の口笛
海の匂いに恋したあれは遠い日の少年

これは、西岡恭蔵さんの愛妻KUROさんの作詞家デビューとなった歌詞です。アルバム「南米旅行」の収録曲です。

さて、これはどんなドラマなのでしょうか 。
古い港町の岸壁に座って海に向かい口笛を吹く人を
「海の匂いに恋したあれは遠い日の少年」とある。
遠い日の少年だから、もうすでに年老いたオヤジだろうか。

しかし実際に今、海に憧れた少年がそこに居て、口笛を吹いているのかも知れない。遠い日の昔も、そして今も同じように海に恋する少年は必ずいるのかも知れない。

この歌では、少年の口笛を吹く姿を見て、年老いた男が昔の自分に重ねて少年時代を思い出しているのだろうか。或いは年配オヤジの口笛を聞きながら、その少年時代のことに思いを馳せているのか? どちらだろうか?

一方、町の酒場には、飲んだくれた老いぼれのじいさんが居て、大風呂敷を広げながら昔話をしている。きっと毎晩のことだろうと思われる。何十年も昔の若い頃の思い出や自慢話に浸っているのだろう。そこにも、まず遠い時間の奥行きがある。

これらの時間の奥行きは確実にこの歌の世界のディテールを深めている。私のような、あまり海の生活にゆかりのない者にまで、それらの人々の背景にあるものまで想像させてしまうということは歌が上手くドラマ化されていてに、時間的な奥行きがあるからです。



これは、曲作りのための南米旅行(実際には中米地域)で古い港町を訪れた時にイメージしたドラマなのでしょうか。もし、天国でKUROさんに出会えたら、真っ先にこの歌のKUROさん的背景を聞いてみたいと思います。

その街の遠い時間の奥まで想定できるKUROさんのイメージ力のスゴさのなせることなのでしょう。しかも、この作詞が彼女の処女作だというのだからなおさら驚きです。

ジャズ調のピアノに乗せて弾き語り風に歌われるこの歌、スタンダードナンバーとしてもっとたくさんの人に歌って欲しいものです。有名な「プカプカ」のようにこの「アフリカの月」がカラオケにあるならば、そのうち私も歌ってみたいと思います。


このアルバムがリリースされたのは1977年6月25日であります。これが放浪音楽3部作の第一段であり、第二段「ヨーソロ」(1979年10月25日)、第三段「ニューヨークTOジャマイカ」(1981年)へと続いていくのです。

私は、このアルバム「南米旅行」の10曲はまだレコーディング前の生歌として、東京のある小さなライブハウスで聞くという幸運を得たのです。実はその時が私にとっての最初で最後のゾウさんライブ観戦でありました。

「こんな歌を作りました。レコードになった折りにはよろしく」というような乗りで、その時からすでにフォークソング調ではなくカリビアンなリズムを感じさせるようなギターの音だったと思います。

出来上がったアルバムの全体的な印象は、アルバムの名前の如くトロピカルな曲が多いです。ただし僕の中で未だに謎なのは、「南米旅行」なのになぜこの曲だけ「アフリカの月」なのかという点です。一つや二つの謎はあった方がドラマチックでいいのかもしれませんが。

【PORT MERRY SUE】

流れ者が集まる吹き溜まりの町で
酔いどれ相手に唄うBlacky su

ポート・メリーは古い金を出す港町
でも今じゃ信じる人はいない

この町に残ったステキなものは
グラス片手に唄うスーの唄

スーと寝た男はみんなどっかへ消えた
で、いつの間にかあいつはBlacky su

スーが夜に唄うのは遠い昔の事だけ
もう明日の唄はあいつにゃ無理さ

運が巡ってきたら俺たちも消えるぜ
そんときゃあいつにBye Bye Blacky su

うらぶれた古い港町を舞台に、歌を唄う黒人歌手のスーももう随分な年だ。長年流れ者たちを相手に歌を歌ってきたが、男たちももういなくなってしまった。

その間、何十年もの長い時間が流れた。この町も昔は金を積み出す港だったが今ではそんな歴史を知る者もいなくなった。ただ、スーは今もグラス片手に唄っている。そんなドラマなのかなと思うのです。


とにかく、この詩の内容にピッタリのアンニュイなブルースで、途中で入るトランペットの音の部分も効果的です。

「アフリカの月」が、老いぼれオヤジが主人公ならば、こちらの唄は老けた黒人女性歌手が中心なのです。そんなドラマのストーリーメイクをKUROさんは性格俳優を集めた映画のようにイメージの中だけで作り上げたのだろうか。

ライナーノーツには「ポートメリー」(Port Maria)がジャマイカにある鉱山町と1行だけ説明があります。ですが、この最初の放浪旅でジャマイカまで恭蔵さんとKUROさんが実際行ったのかどうかは、ノーツを見てもイマイチ分かりません。

もしかしたら、メキシコに居ながらにしてこの歌を作ったのかも知れません。KUROさんの想像力(イマジネーション)のスゴさの成せる技なのでしょうか?

この古い港町の酒場にも、様々なドラマがあり一攫千金を目指す海千山千の男たちが酒と、Blacky suと呼ばれる彼女の歌を目当てにやってくるのです。客たちとの軽妙な掛け合いがきっと面白いのだと思います。いずれにしてもジャズやブルースに良く似合う大人たちのことを唄った歌なのです。若いボンボンやギャルなどはお呼びじゃない世界なのですね。


あなたもそんな世界を歌えるシンガー・ソングライターになれたら、私もファンに成れるかも知れませんね。そんな時をお待ちします。

■ジャマイカってどんな国

さて、余談になると思いますが、ジャマイカについて皆さんはどんなことを知っていますか? 私もあまり深くは知りません。

この国で世界的に有名なのは、何と言ってもレゲエの創始者「ボブ・マーリー」と「ウサイン・ボルト」でしょうか。

風貌からも分かるように見るからに黒人の国です。でも、南北アメリカ大陸と中米カリブ海諸国は、元々先住民が住んでいた土地であり、その多くがヨーロッパの侵略を受けて植民地支配されたのが、今ある国の原型です。

インディアンやインディオその他、いろいろな原住民の末裔となる人々は今も存在します。

ジャマイカの場合はどうでしょうか?
それは、元々住んでいたはずの先住民はヨーロッパから持ち込まれた感染症やウィルスのために全滅してしまったというのです。

そのあとに、奴隷として連れてこられた黒人の人々が現在の国民の主体となっているのです。ですから、原住民からそうでない人々にごっそりと入れ代わってしまったというのが、実際です。

今さら、どうこう言えることではないのですが、かつて壮絶な運命をたどった人々が存在し、今はアフリカをルーツとする人々の国なのです。それはそれで、壮絶な運命です。

そんなことも知ってか知らずか、KUROさんの詞による歌がここにあるわけです。歴史とは恐ろしいものですね。

また、中米はスペイン語圏が大方ですが、周りの国と違ってジャマイカは英語が母国語となっています。それは、昔、イギリスが植民地支配していたという歴史との関係があります、

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