タイトルが同じ、「秋桜」「コスモス」という歌はたくさんありますが

メイクドラマ

■タイトルが同じ歌の歌詞比較

ここでは「秋桜」(さだまさし作詞:作曲)「コスモス」(加川良作詞:作曲)の同名異曲を比べてみましょう。

◆秋桜

この歌詞はとても良く出来ていて、紹介したきのですが、残念ですができません。それぞれで、検索して見てください。

■さだまさしさん、さすがですね

季節感が絶妙に表現され、そこに人物の配置がある。母親と娘の積み重ねた時間の奥行きのある日々と、それを断絶させる別れという瞬間的な出来事を、母親の動作の中で描いて見せるという技は秀逸としか言いようがありません。

こんな表現は元々さだまさし氏の得意技です。それを山口百恵さんが歌ったというドラマチックさにこの歌のステータスが決定されたというプレミアム付きです。

「庭先」「縁側」「アルバム」「小春日和」と、季節と場の設定がまるで映画の一場面のように用意され、母親の言葉や仕草を通して娘との別れが描かれる。

その母親の「言葉」と「仕草」のディテールはこの歌詞の重要なポイントとなっていますので、もう一度なぞってみてください。

「嫁ぐ」という新しい「旅立ち」と母のもとを去るという「別れ」との間で揺れる娘心が伝わってくるという仕掛けになっています。ある意味さだまさし氏の計算された、イメージ作りとなっています。

私自身、本音を言わしてもらえれば、この手の日本人の琴線に敢えて触れることを狙った歌詞作りは好きではありません。でも、この饒舌さはかなり完成形であることは認めたいと思います。

さだまさし氏は、「グレープ」というデュオとしてデビューしたその当初から、母と息子との関係を歌いヒットしたことの反動で、「マザコンソング」や「インポテンツソング」との批判も受けた時期がありました。そんな歴史的事件は氏ご自身もよく心得ておられることでしょう。

それにしても今もシンガー・ソングライターとして、未だに御健在なのは何よりです。詞調の饒舌さが彼の音楽人生を今日まで支えてきたということでしょうか。

私としては、それほど好みのシンガー・ソングライターではなかったので、のめり込んで聞くと言うことはなくこれまできたのですが、「秋桜」の詞はそれなりに見事だと思います。

◆「コスモス」作詞:作曲:加川良

(アルバム「プロポーズ」に収録(1981年))

皆さんに見て欲しい素晴らしい歌詞ですが、残念ながら紹介できません。残念です。

さてこの歌はどのように解説致しましょうか。
これは、女歌としての作りになっています。加川良さん、「女の証」という歌も女歌として、ファンにとってはライブで拍手の起こる歌ですが、それと双璧を成す女歌「コスモス」です。

ですがその二つの歌は、まるでイメージが異なります。「女の証」は女が男を罵倒する内容となっていますが、「コスモス」はしおらしく控えめな女心として歌われる内容となっています。

私は、当初のアルバム「プロポーズ」の中の「コスモス」よりも晩年のアルバム「USED」(ユーズド)のこの歌の方がアコースティックアレンジで絶対にいいと思います。ギター音がとても美しいです。

確かに、人がコスモスに成りきって歌うというのは異質ではあります。例えるならば昔流行った「およげタイ焼きくん」(男歌)の
♫まいにち まいにち
僕らは鉄板の
上で焼かれて
いやになっちゃうよ♪♫
みたいなノリでもあります。

ですが「コスモス」が加川節で歌われると、それがまた超納得してしまえる感じなのです。「●〇節」と言われるシンガーはそんなに多くないと思いますが、それはつまりその歌をその人となりと存在が支えているというようなイメージでしょうか。

情景描写と心情描写が半々程度の字面ですが、その二つを行ったり来たりするような内容の構成で歌われるスタイルになっています。ラブソングなどではなく、ジメっとした日本人特有の心の有り様ではありません。どこか達観しているのでしょうか。

そして、毎回のライブごとにその歌われ方はかなり異なり、ライブが生ものであるかの如く生きているのです。まったく異質な趣の2曲なのに、「こすもす」という同じタイトルだという奇妙な紹介でした。
聞くところによると、「さくら」は言うに及ばず、「ひまわり」のタイトルの同名異曲は多いらしいですね。

そうして、同じタイトルの歌詞どうしを比べてみるのも勉強になって面白いかもしれませんね。あなたの歌詞作りに役立ててみてください。

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