今日のテーマは「何か、物(アイテム)にこだわって表現してみる」

歌詞の良し悪し

前回に続き、シンガー・ソングライターを目指すあなたへの課題の出題です。
前回は、文体として「一人称」「二人称」の単数形は使わないで表現するというお題でした。

そして今回は一転して唐突ですが、「物」にこだわってみたいと思います。それも出来るだけあなたの身の回りによくありそうな物を考えてみたいです。例えば、テーブルの上にあるコーヒーカップやボールペンなどの筆記用具などなんでもいいです。

■歌の中に、アイテムとして何を引き込むか

なぜこのテーマを持ち出したかと言えば、過去の名曲には、物を歌詞としてうまく取り込んだものはたくさんあるからです。

例えば陽水さん「傘がない」「白い一日」「二色の独楽」等があれば、ユーミンでは「ソーダ水の中を貨物船が通る」のフレーズは有名です。そのほか「木綿のハンカチーフ」「白いパラソル」など、古い歌ばかり思いついて申し訳ありません。

それぞれの記憶を探ってみてください。貴方もきっと何がしかは思いつくことでしょう。

アイキャッチ画には、ボールペンやボルト・ナット、クリップ、そして名前さえわからないプラスチック(正式にはバッグ・クロージャーというそうです。)を乗せてみました。

でも、よくよく考えてみるとその奥にもいろんなものが見えて来るかも知れません。例えば1本のビスが外れないと解体作業ではとても手こずってとんでもないことになることがあります。

また、ビスをデンドラ(電動ドライバー)で打ち込むときに、躯体のほうが強靭である場合、ネジ頭に負荷がかかりすぎて、ビス打ちの途中で頭だけがポロリと折れてしまうことがあります。アチャーと叫んでしまいます。万事窮スの事態です。たかが1本のビス、されど1本のビスです。

ボールペンについて考えてみます。何かをメモする必要がある時に何も筆記用具がないととても困ることがあります。でも、通常は割と無造作に置かれていたりで見向きもされないことも多いです。

ちょっとしたメモから、ラブレターまで用途は幅広く無限です。万年筆ほどの高価さはなく、それほどには思い入れもないものですが、それでいてないと困るもの、それがボールペンです。

もしそれが、戦場で戦車のキャタピラーの通った轍の横に、土に半分埋もれて墜ちていたとしたらどうでしょう。だれが、どのような状況でそれをそこに落としたのかが気にかかります。重要な情報を記して味方に届ける為に走る途中で敵の戦車に遭遇したのかも知れません。

刑事ドラマの現場検証ではないですが、まさに何気ない物が事件のカギを解く証拠に成ったりします。時としてそれは劇的でさえあります。「遺留捜査」なんていうテレビ番組もあったほどですから、遺留品から様々な情報がゲットできます。

そんなことを歌の歌詞に引っ張り込んで、歌詞化しない手はありません。宝の山がそこにあると考えるほうが正解です。

■物に何かを投影する

分かりやすいので、例を挙げてみましょう。

「白い一日」小椋佳
この歌詞を皆さんのために紹介したいのですが、ある事情で出来ません。残念です。

※取りあえず重要なアイテム(物)に下線を引いてみました。
「真っ白な陶磁器」
これは、思いを寄せる女性のことを比喩として「真っ白な陶磁器」と表現しているのだと思います。白さやその曲線的滑らかさは女性のたたずまいを連想させます。これは擬人化ですね。

「目の前の紙くず」=「古くさい手紙」
それは、書いては破り、書いては破りしてきたラブレターの残骸だと思います。紙屑にその人の思いが投影されていると思います。

「踏切の向こう」、「通り過ぎる汽車」、「遮断機」
「ある日」ではじまるこの部分は、ドラマの「起承転結」で言えば「転」の部分です。踏切という場所は、時として何か劇的な出来事が起こる場所でもあります。

ドラマではそこでたたずむ自殺願望者であったり、遮断機に阻まれて犯人を取り逃がす場面だったりします。現実の出来事でも立ち往生した自動車に汽車が突っ込むなどの悲惨な事故が起こったりする場所でもあります。

他にもあります。以前、小学4年生あたりに使う人権教材読み物で「里子の決心」というものがありました。そこには、「踏切向こう」という表現で被差別の地域のことが設定されていました。

このように、「踏切」と言う場所はとても示唆的な意味合いを含む事の多い場所として、いろいろなものが投影されていることがあります。

■二色の独楽:井上陽水

まわれまわれ二色の独楽よ
色をまぜてきれいになれ
女はさみしい
男は悲しい
さみしい悲しい独楽がある
まわれ止まるないつまでも
止まった時 春も終わるよ
(以下省略)

「二色の独楽」
ニ個で一つがいとなる独楽とは、明らかに男と女の例え(比喩)ですね。
「色をまぜてきれいになれ」とは、愛情を交換するという意味の例えでしょう。それも回り続ける間は美しく安定する。「止まると春も終わる」とは愛が終わるということを意味しているのでしょう。

ここにも、独楽という具体物(アイテム)に男と女を投影しているという手法です。陽水氏が得意とする修辞法ですね。物(具体物)を取り上げながら、その実、人間の状況を投影させるという、とても意図的で憎い方法です。

このような手法の利点は、
・言葉的に詩的な表現になるということ
・聞く人に映像としてイメージ化されやすいということ
・映像化されたものは人に伝わりやすく、印象として残りやすいこと
・思いを語る時のようなくどくどした表現にはならず、語数が少なくスッキリとまとまりやすいということ
etc.が考えられます。

一つひとつの言葉がパワーワードであると同時に、比喩的であったり、象徴的であったりすることで表現の幅や奥行きが生まれて作品全体の体積が増すと理解していただくといいでしょう。

■シンガー・ソングライターを目指す貴方へ

このような、作詞における手法や殺法を深く吸収してあなたの作詞に大きく活かして欲しいものです。そうして、私へのアクセスも嬉しく思います。

「こんな表現どうですか?」とか、なんなら、記事としての寄稿でも嬉しく思います。私との対話から、他の人々へ伝えたいことも見えてくるかも知れません。期待しております。









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