ジョン・レノンの「イマジン」(Imagine)と、忌野清志郎のカバーを比較する

放送禁止歌

■そもそもイマジン(imajine)とはどんな曲

 

イマジンは1971年9月9日にリリースされたアルバム「イマジン」に収録された同名の1曲です。ジョン・レノンに詳しい人ならば、説明は不要かとも思いますが、念のために触れておきます。

ウィキペディアによると、レーベルはアップル・レコード、EMIとあり、作詞・作曲・プロデュースにすべてジョン・レノン、オノ・ヨーコの名前が入っています。(プロデュースにはもう一人、フィル・スペクターの名前も)

ビートルズ解散後のソロアルバムですが、言うまでもなく世界的に高く評価されている曲です。ジョンの世界平和を希求するコスモポリタニズム志向が強く表現された反戦歌であるため、イギリスのフォークランド紛争時や湾岸戦争時にはBBCは放送を規制しました。

アメリカでも同時多発テロの時にはラジオ局などで規制の動きがありました。日本でも、民放連の対応としては、通称「放送禁止歌」という名の「要注意歌謡曲」のリストに挙げています。

■歌詞の内容を少し詳しく見てみる

この記事のはじめに和訳の付いた英語の歌詞を載せましたが、確かに内容は冒頭からしてとても刺激的ではあります。

「no heaven」(天国なんてない)
「no Hell」(地面の下には地獄なんてない)
「Nothing to kill or die for」(殺す理由も死ぬ理由も無く)
「And no religion too」(そして宗教も無い)
などの言葉が、アメリカ合衆国のキリスト教徒やその勢力の人たちには嫌悪されているようです。

ジョンはおそらく無神論者なのでしょう。それは日本人にも多いでしょうから、私などにはあまり違和感はないのですが、アメリカなど宗教が政治にも強い力を持つ国ではそういう訳にはいかないのかもしれません。

また、他の批判としてはジョンを共産主義者だというものもあるようですが、それは全くのガセであり、単に貶めようとする悪意ある誹謗中傷ですね。共産主義からはたいした芸術は生まれない。私はそう思います。

意外にも、アメリカなど言論の自由なイメージがあるところなのに、これらの批判は不思議ですね。

しかし、だからといってこの歌のすばらしさが決して損なわれるわけではありません。明確な歌詞・メロディー、アレンジ等の質の高さは世界の音楽好きにとってみれば当たり前のことです。

とりわけ、芸術において「表現や言論の自由」が最も大切だという価値が共通理解され、世界中でシェアされるのならば、この歌は当然の如く世界的に愛されることでしょう。

■英語歌詞の意味が、そのまま入ってこないことの辛さ

私などは、ジョンが平和主義者だということをよく知っているので、そしてまたこの歌があまりにも有名なので、英語の意味がよく分からなくてもこの歌を聴くと、反戦意識を刺激され共感もするのです。

じゃぁ、これを日本語に置き換えて、日本人にもよく意味の分かる歌として広く伝えたいと思った時にはどうすればいいのでしょうか?
既にお気づきかも知れませんが、訳詞をそのままメロディに乗せようとするとそれはかなり困難なのです。

それが、日本語と英語の間の第一の言葉の壁です。直訳の訳文はメロディに乗らないのです。そこで、必要な作業とは「意訳」をするというものです。通常は日本語訳の場合、もっと短くする必要があります。

ですが、この場合、ジョンの言いたいことを変質させてしまっては元も子もないわけです。意訳では原曲のその本意だけは死守しなければならないのです。そこが担保されたうえで、しかもメロディに違和感なく乗らなければならないのです。

それを踏まえたうえで、忌野清志郎の歌うイマジンを見てください。

どうでしょう。ジョンの本意の核心部分のみを、歌詞として意訳して歌う忌野清志郎氏のパフォーマンスは上出来だと思います。

事の真相はよく分かりませんが、オノ・ヨーコさんがその歌を聴いて、
清志郎氏のことを「この人、ジョンのことが解ってたのね」と言ったとか、言わないとか。

ジョンの透き通る声と、清志郎氏のしゃがれた声はかなりのギャップがありますが、本意は同じということでしょう。本意のエキスとは何か? それを見抜くことが貴方の作詞活動に大きなヒントとなることでしょう。

そして自分の曲作りの際に、自分の歌の「エキスは何か」という思考をしてみてください。それを最も有効に伝えるための全体作りという観点でやってみましょう。

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