忌野清志郎 自由な詞調は、彼の自由な生き方が書かせた?! 「トランジスタ・ラジオ」の詞を例にとって

ミュージシャン列伝

トランジスタ・ラジオ(RCサクセション)忌野清志郎

皆さん、残念ですがこの素晴らしい歌詞を紹介できません。
それぞれに検索して見てください。

■アグレッシブに生き、自由に表現したアーティスト

彼は普段の生活ではとてもシャイで、気のいい性格のオジさんに見えるが、ことLIVEの場面になるととても破天荒で自由すぎる姿に豹変する。歌作り、アルバム収録、LIVE、コラボ、音楽活動のあらゆる場面でその自由さが私は好きである。

彼は歌いたい事を歌にして歌い、伝えたいメッセージをLIVEの中で伝え、おかしいと思うことは、歌にして噛みつき、自分流の音楽を常に行使してきた。それが彼の生き方だった。

1951年生まれで、2009年58歳で死去。癌のためだった。
RCサクセションとしての活動の他、コラボユニットなどを数多く組んで数えきれないミュージシャンとの共演があった。

その他ユーチューブでは、矢野顕子や井上陽水他、いろいろなアーティストとのコラボ場面が見られる。

Albumは1983年アルバムライブ「THE KING OF LIVE」だそうだが、アルバムアーティストとしての楽曲としても「スローバラード」「雨上がりの夜空に」「パパの歌」「世界中の人に自慢したいよ」「トランジスタ・ラジオ」など、長い間にたくさんの名曲を世に送り出した。

また同時に、たくさんの放送禁止歌や発売禁止(自粛)などの騒ぎが起こった。中でも反原発の歌「サマータイム・ブルース」はとてもいいと思う。

体制側は発売自粛などのつまらないことをしたが、しかし彼の自由な表現の軌跡はキングオブロックとの愛称で讃えられた。それが本来のロック魂と言うものだろう。

ソウルブルースを下地にしたロックサウンドを展開。そのステージ上におけるパフォーマンスと圧倒的な存在感は多くのアーティストに影響を与えた。

■「トランジスタ・ラジオ」この歌は自分の高校時代をそのまま歌にした?

「授業をサボる」
「屋上で寝ころぶ」
「たばこのけむり」
「授業中のあくび」
「居眠り」
「トランジスタ・ラジオ」
「ホットなナンバー」
「ヒット曲」

これらは皆、高校時代の校舎の屋上での出来事であるとか。なかなかのびのび自由な様子が歌われている。時代だろうか? 今なら内容が少し不良っぽく映るかも知れないが、当時は今よりも世の中の懐が深かった。よくそんな世相が出ているとも言えよう。

トランジスタ・ラジオは時代のステータスアイテムである。それによってビートルズやその他のビックなシンガーたちの歌を清志郎は体内に取り込んで、自らの血肉に変えていったのだろう。

当時は、洋楽は取りあえずラジオで聞くものだったからである。ビートルズもローリング・ストーンズもベンチャーズもすべては持ち運びのしやすいトランジスタ・ラジオで若者は聞いたのだった。

忌野清志郎の生き方は、もっとみんなで共有した方がいい。それが彼の私たちへのプレゼントだ。

私は、もともとRCサクセションの初期の頃を知っていて、当時は「ぼくの好きな先生」という歌に代表されるようなコテコテフォークのイメージでした。

ぼくの好きな先生とは、タバコに匂いの強い美術教師の爺ちゃん先生の思い出を歌にしたもの。清志郎さんの声の質の異様さもあってとても異質な面白い歌のイメージでした。それも含めてフォークでした。

私は、そのイメージに占有されていたのでロックバンドとしての彼の変容や葛藤などをうっかり見過ごしてきた時間が長く続いたものです。

古井戸というフォークディオが解散し、そのリードギターをしていたチャボ(中井戸麗市)がRCサクセションに合流したあたりからロックバンドとしての雰囲気が強くなった感じかな?と思います。

清志郎氏は、他にもいろんなミュージシャンとのコラボが多くて、初期のころは井上陽水と共作した「帰れない二人」とかも歌っていたし、坂本龍一との「いけないルージュマジック」、細野晴臣・坂本冬美とのユニットHISとしての活動などもあります。

だんだんとステージ上では化粧もするようになってパンクのイメージも強くなりました。しかし、全ては流行を追うとかではなくロックの反骨精神が根底にあってのパフォーマンスの表れだったのです。

2020年発行本「使ってはいけない言葉」著者 忌野清志郎

これは、忌野清志郎、デビュー50周年記念企画として、キヨシローの残した古びないメッセージを著作、出演雑誌、出演番組、ファンクラブ会報、ライブMCなどから網羅的に収集し、未来の読者のために残すプロンジェクトとしてあります。

彼は2009年、58歳で死去していますから、これは彼から僕らへのメッセージ遺産だと考えればいいのかなと思います。私のアンテナに強く反応したメッセージを以下に添付しますので、じっくり嚙みしめて見てください。

僕はさ、何歌っても自由だと思ってんだよ。
僕が歌いたい歌をさぁ、誰がなんと言おうと
歌いたいだけでさ。

自分がやることが
ハッキリするんだよね。
世の中が最低だってことが分ると、
じゃ自分が何をするのか。

いい歌は少ししかない。
あとは全部クズだ。

日本は民主主義国家だなんて言ってないで、
事なかれ主義国家だって、世に向けて言った方が
よっぽどカッコいいんじゃねえか。ロックっぽいぜ。

この間、昔のライブの写真を見て驚いたんです。
70年代や80年代初めの聴衆のほうが、
明るいし「楽しんでる」って顔をしてる。
あの頃に比べると、今の日本人は表情がないなぁ。

しらないうちにポイントがぼやけてたんですよ。
日本のロックもそうだけど、世界のロックもさ、
全部ポイントがぼやけてんだよ、今。
だから、たまにポッとこういうことをやると
問題になったりするんじゃない?
何を歌いたいんだかよく分からないような歌ばっかりじゃない。

ロック自体がロックじゃないですからね。
ロック自体が目先のことだから・・・・大人たちのさ。

「他人がまだ何を歌っていないか」を探してほしい。
まだまだ「歌われていないこと」は山ほどあるはずだ。

デビューしたての頃は、逆にずいぶんと社会的・政治的発言を求められたこともあった。みんなが反戦歌を歌っていた時代だったから。
「RCは反戦歌やらないんですか?」
「ベトナム戦争については?」なんてね。
ところが今は、そういう発言は完全にタブーになってしまった。
まぁ、別に発言したいわけじゃないが、ちょっと極端だね。
いろんな質問や発言の中に、たまたまそういうジャンルが混じってたっていいと思うし、それだけが排除されてるのは逆に不自然なんじゃないか。

※本の一部をアットーランダムに抜粋してみました。実はもっと過激な内容もあります。サマータイム・ブルースのように反原発のことに触れたり、君が代についてのくだりなどもあったりします。

この国は、まぁ、ソコソコまともな憲法のある国ですが、そこに保障された「言論の自由」ってヤツを本気で行使しようとすると、どこからともなく、顔の見えない勢力の圧がやってきて、事なかれ主義にの方向に流れようとするつまらない国だぜというような事を清志郎さんは言いたいのだと思います。

まったく同感です。貴方もこのメッセージとしての遺産を確かめて見てください。

最後に、もう1曲「雨あがりの夜空に」の歌詞を引用しておきます。
ロックの中のロックです。
作詞:忌野清志郎 作曲:中井戸麗市

皆さん、これも紹介できません。残念です。

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