曲のテーマとは
これからあなたが創る曲にテーマはどれほど必要かという問題について考えてみたいと思います。
「テーマ」というものは、作品を通して作り手が、受け手に対していったい何を伝えたいのかということです。通常、映画や小説などは大体において多かれ少なかれそのような類のものがあります。
それは、大概作品の隠し味のようなスパイス効果となって、受け手に伝わるものです。また、常に伝わり方が金太郎飴のように必ずしも全く同じというわけではなくて、そこから、受け手がいろいろ考えるきっかけとなるようなものでもあります。
そういった広がりのある、人生の余韻が長く続くような作品こそ良い作品だということができるでしょう。
【散文的なものは、なぜよくないのか?】
日々の、心によぎるよしなしごとを、日記のように書き連ねたような曲が、なぜよくないのかというと、貴方の雑感やチマチマした恋バナなどには、誰も興味がないからです。
大抵の場合、身近な肉親だとか、恋人だとかの心の中は別として、知らない他人の心の中について興味がないものです。
そして、脈絡に乏しくただ散文的なものは、本人にとって意味があるだけであって、別な存在である他人にとっては元々どうでもいいことです。
ですから、このどうでもいいことを、聞き手にどうでもよくなくさせるためには、共通の画像を聞き手に想起させ、共有されるような素材が必要です。そして、聞き手に感動や驚き(時には笑い)を起こさせるための仕込みは必要です。
それこそが、つまりは映画やドラマ、歌や絵画などの「表現の世界」というものなのです。
最近は、いつのころからか「等身大の自分」を唄うことを良しとする風潮があるように思います。全くそれは「クソ喰らえ」です。等身大のあなたなどには誰も興味がありません。
【テーマ性の深さ】
今、この時ロシアのプーチンによるウクライナ侵略の最中にあり、世界中を震撼させています。このとんでもない状況をテーマにして反戦の意志を表現しないという選択は、私にはあり得ないように思えます。
ある意味、それがシンガー・ソングライターの役目かも知れません。
そこで、皆さんがご存知ビートルズの「ヘイ・ジュード」をここに紹介してみます。
ビックヒットしたこの曲ですが、元々はポール・マッカートニーがジョン・レノンの息子を励まそうと作った歌のようです。
ところが、どういう訳かチェコのビロード革命(1989年)推進のシンボルのような愛唱歌となり歌われたというのです。革命時に民衆を励まし、勇気づける歌となったのです。
訳詞を見る限りは、それほど過激な煽りの意味とは思えないのですが、「励ます意味」が民衆の心にささったのでしょうか。
私はビートルズのマニアでも研究家でもないので、とても気にはなりますが、詳しくは分かりません。日本語の訳詞からは伝わらないことでも、英語圏の人にとっては直接に言葉が響くものなのかも知れません。
もちろん、曲全体としてはとてもインパクトがあり、素晴らしいものであることは誰にも否定できませんが。
The Beatles / Hey Jude – Lyrics 1968年
ビートルズ – ヘイ ジュード – ポール・マッカートニー作曲Hey Jude, don’t make it bad
なあ、ジュ―ド 悪いように考えるなよTake a sad song and make it better
悲しい歌も、素敵な歌に変えてくれよRemember to let her into your heart
彼女のことも、その心の中に受け入れてあげてさThen you can start to make it better
そうすれば、きっと良くなっていくからHey Jude, don’t be afraid
ねえ、ジュード 恐れないでYou were made to go out and get her
さあ、彼女のところへ行ってあげなThe minute you let her under your skin
彼女を受け入れてあげるんだThen you begin to make it better
そうすれば、きっと良くなっていくからAnd any time you feel the pain
たとえどんなに苦しく感じるときでもHey Jude, refrain
なあ、ジュード あきらめるなよDon’t carry the world upon your shoulders
すべてをひとりで背負い込むことはないんだFor well you know that it’s a fool who plays it cool
クールに振る舞っている奴なんて、愚かなだけさBy making his world a little colder
自分の世界を冷たいものに変えてしまっているんだものHey Jude, don’t let me down
ねえ、ジュード がっかりさせないでくれよYou have found her now go and get her
ようやく出会えた彼女を抱きしめてやれよRemember to let her into your heart
そしてその心の中に受け入れてあげるんだThen you can start to make it better
そうすれば、きっと良くなっていくさSo let it out and let it in
素直なままに、受け入れてあげれば良いんだHey Jude, begin
さあ、ジュード やってみなよYou’re waiting for someone to perform with
誰かが手助けをするのを待っているつもりかい?And don’t you know that it’s just you
きみにしかできないことじゃないかHey Jude, you’ll do
なあ、ジュード わかっているだろう?The movement you need is on your shoulder
すべてはきみ次第で変わっていくんだHey Jude, don’t make it bad
なあ、ジュ―ド 悪いように考えるなよTake a sad song and make it better
悲しい歌も、素敵な歌に変えてくれよRemember to let her under your skin
彼女のことも、抱きしめてThen you’ll begin to make it better…
そうすれば、きっと良くなっていくはずさ…
民衆が束となってこの歌を合唱すると、それは壮絶なものかも知れませんね。「君が代」のような腑抜けた歌などよりはるかに感動的なものでしょう。
この歌、7分以上もあり最後の「ラーラーラ ララランラーン」のところなど民衆が声を揃えて唄えば、それは力と成り得るのかも知れません。
1988年エストニアの場合も「歌う革命」と呼ばれているそうです。歌の祭典を開き、革命の意志を表現したのです。歌に民衆の意志が乗っかれば無力ではないということでしょうか。
つまり、この曲に後付けで「変革」「革命」のテーマ性が乗っかったという意味では、たまたまのことでしょう。しかしエストニアの場合はもっと直接的でした。ハードロックで「エストニア」とシャウトしている場面をテレビで見た記憶があります。
ロシア(かつてのソビエト連邦内外の近隣国)周辺国は、それほどソ連邦やロシアが嫌いだったということです。「だった」と言えば過去形に聴こえますが、今でも独裁政権国ロシアは周りから嫌われています。
■ビートルズ繋がりでもう一つ
【ビートルズが教えてくれた】
「ビートルズが教えてくれた」とは、今は亡き作詞家、岡本おさみ氏の手になる歌で、吉田拓郎氏のアルバム「お伽草子」の収録曲です。
その後、岡本おさみ氏の同名の歌詞集も出版され、その記念コンサートもありました。(場所:中野サンプラザホール)
岡本氏は詩人的な作詞家で、この歌の他にも吉田拓郎氏のヒットアルバムに多数の作詞曲があります。「旅の宿」「襟裳岬」「都万の秋」「落陽」など。
テーマ性を前面に押し出す作詞家さんで、私の好きな作詞家さんでした。
ビートルズが教えてくれた
作詞:岡本おさみ 作曲:吉田拓郎
髪と髭をのばして ボロを着ることは簡単だ
うじうじと吹き溜まりのスナックで 腕を組みながらね
考え深そうな顔をするのも 楽にできる
日陰ばかりを好んでいては いじけてしまうんだぜ
もっと陽気であっていいんじゃないか
もっと陽気でもいいんじゃないか勲章を与えてくれるなら 女王陛下からもらってしまおう
女王陛下はいい女だから付き合ってみたいと思う
それもビートルズは自由だと教えてくれた
くれるものは貰ってしまえ 欲しいものはものにしたい人が幸せになるのを 批難する権利は誰にもない
みんな幸せになっていいんだ
人に迷惑さえかけなければね
ビートルズが教えてくれた
ビートルズが教えてくれた
ビートルズが
ビートルズマニアならずとも、彼らにとても影響を受けた世代だからこその歌なのかも知れません。その表現や生き方への共感が、この詞を書かせたのだとも言えます。
ビートルズは、世の権威的なものに対してとてもアナーキーな立場をとっていたように思います。そして、その行動がとても斬新で、若者のライフスタイルに留まらず、髪型やファッションにまでとても幅広く世界に影響を及ぼしました。
この歌は、つまり「人は、誰だって自分の思うように生きていいんだ。」ということをビートルズから学んだという主旨の歌です。そんな生き方をビートルズが身をもって見せてくれたというものです。
今だからこそ、反戦歌が必要!
その世代に近い僕らにも雰囲気としてはよく分かります。
世代的な時代がこれを書かせたのであれば、ウクライナ世代である今の若い貴方たちこそ、この侵略に対する意思表示としての歌を作るべきだと思います。それはある意味でシンガー・ソングライターという者のあるべき姿かも知れません。
テーマは「反戦」でしょうか、それとも「平和とは」でしょうか。はたまた「人の死」や「愛」、「愛国とは」、「自由への闘い」なのでしょうか。その言葉のどれもが、なかなか映像を持たない概念なので、どのように貴方がそれを映像化できるのかが問題だと思います。
貴方が自分の感じたテーマで自由にものが言えるということの重大さは、独裁者などのためにそれが奪われたときにこそ実感するのかも知れませんが、実はその時ではもう遅すぎるのかも知れません。
言論や表現の自由があるうちにそれを行使しないと権威者はそこに付け込んでくるかも知れません。権利は常に行使していないと、隙間に独裁者の胎動を許してしまうチャンスを与えてしまいかねないものかも。
ビートルズは、そういう意味で自由を行使してみせた人たちなのでしょう。それを見て、カッケーと思った若者世代はビートルズを目指して音楽活動や、その他のライフスタイルを始めた。
ビートルズは、音楽性がとても高くそれを目指した若いミュージシャンの音楽性も当然高まったのです。なので、時代的にビートルズに影響を受けない世代が音楽(ミュージック)を始めたあたりから、音楽性が低下したように見えるのは私だけでしょうか。
戦争や侵略という、こんな世界的な混乱の時代をテーマにしないという手はありません。今こそあなたの粋な反骨精神の見せどころかも知れません。
もう一度言います。「表現の自由」は奪われてからではもう遅い。今のうちに精一杯行使することをおススメします。それは、命と共に重要なものだからです。
シンガー・ソングライターとは大いなる表現者なのですから。チマチマと小さくまとまるだけの歌ばかりを続けるうちに、きっと自分自身の自己抑制状況に辟易することでしょう。大物はみんなそのような経験をしているようです。
表現におけるテーマ性はどても大事であるというお話でした。


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