坂本龍一が語る忌野清志郎、金平茂紀氏との対談

ミュージシャン列伝

坂本龍一と言えば、物言うアーティストでありました。たまたまスマホに跳び込んで来たYouTube画像に坂本氏とジャーナリストの金平茂紀氏の対談があったので聞いてみました。

忌野清志郎はパフォーマー

坂本氏は、清志郎氏のことをまず一言「パフォーマーですね。」と語った。ところが同氏は、プライベ―トの場面ではびっくりするほどシャイな性格の人で、ステージの上での饒舌さと動きの大胆さに比べてそのギャップの大きさに驚くとのことが話題にあがりました。

清志郎氏が、世間に認知されたのはフォーク時代の「ぼくの好きな先生」のスマッシュヒットによるものでしたから、非常に速い時期と言えるでしょう。それが1972年(1951年生)だから21歳のころでしょうか。

坂本龍一氏が1952年生まれなので、ほぼ清志郎氏と同世代ということでしょうか。
金平氏と坂本氏の対談では、清志郎氏が自分の言いたいことをストレートに表現してきたことについての話題が中心でした。

例えば、「ヘリコプター」という曲のことが話題に上りました。阪神淡路大震災の当日、清志郎氏がたまたまコンサートのために大阪にいたとのことで、そのときのことについての清志郎氏へのインタビュー場面が写っていました。

テレビに映った神戸上空からのヘリコプターによるマスコミ報道について清志郎氏が、下で街が燃えている火を消してくれよという怒りを歌にしたものが以下の歌です。

ヘリコプター ヘリコプター
空から水をまいてくれ
ヘリコプター
今すぐこの火を消してくれ…

この他にも、清志郎氏にはストレートな風刺歌がいくつかあります。「サマータイム・ブルース」もそうです。原曲の作曲はE.COCHRAN・J.CAPEHARTによるものですが、清志郎氏は以下のような歌詞で歌います。

熱い夏がそこまで来てる
みんなが海へくり出していく
人気のないところで泳いだら
原子力発電所が建っていた
さっぱりわかんねぇ 何のため?
狭い日本のサマータイム・ブルース
(以下省略)

この歌もとてもストレートです。そしてそれに対して、レコード会社はビビって発売を拒否しました。メディアもまた、これを正面から取り上げることはしません。それで、そんなことはなかったかのように装うのです。

日本という国はそんな国なのです。体制側に不利な案件はできるだけ無視してホッカムリをすることを常套手段としています。テレビもラジオもその他おおよその公的なメディアは皆、右習え状況です。

メディアは、いつも体制側を忖度して、それとなく(いや、時としてはあからさまに)擁護しています。国会周辺でのデモや反対集会などが、ほとんど報道されたいのもそれによるものです。

坂本龍一氏は、こう評価していました。
「なんで日本がこんなに言いたいことが言えない国になっちゃったのか」
「ブラックユーモアを通り越すと、排除される国」それが問題だというものです。
世界の状況をよく知る坂本氏からみると、日本社会の矛盾というものがよく見えるのでしょう。

グラムロック

坂本氏はキングオブロックの称号をもつ忌野清志郎は「グラムロック」のジャンルに入るものと指摘したうえで、だけどもストリングスが入るとかの特徴を述べていました。

また、T-REX(マーク・ボラン)の影響やミック・ジャガーの影響もみられるとして、その姿は両性具有のパフォーマーであるとも言っています。グラムロックには、デビット・ボーイなど化粧した姿はよくあるもので、忌野・坂本のコラボ「い・け・な・い・ルージュマジック」での化粧姿も納得できます。

英・米のロックの歴史の中で社会的に意味のあることの主張は数多くあり、そのことをもってグループの存在の意義とされることは当然のことでした。「ヘイ・ジュード」がチェコのビロード革命の愛唱歌となったのもその一つです。

翻って、日本のロックバンドがどれほど社会的な主張を目指したのかと言えば、かなりお寒い状況だと思います。私から見れば、世界中が混乱している今こそ反骨魂のロック・スピリットの見せ場ではないかと思えてならないのですが。

そういった意味からも、忌野清志郎という存在は、この国では貴重だったというべきでしょうか。もちろん、全ての表現がそうでなければならないと言っているわけではありません。アートには、いろんな分野や局面もありますから。

映画「シェルタリング・スカイ」は坂本龍一の音楽

映画「シェルタリング・スカイ」は、坂本氏の作曲した音楽が使われています。対談の内容とは離れますが、この映画の舞台がモロッコだということで、この一つ前の記事で西岡恭蔵氏の曲「モロッコ」について触れていたので、補足的に付け加えます。

ラジオDJのロバート・ハリス氏いわく、砂漠の中でモロッコの砂漠の美しさは異次元だったとあり、その美しさを映画「シェルタリング・スカイ」で私も見てみたいと思っているところです。

おそらくはそのことを体言するために、恭蔵さんとクロさんはマラケシュを目指して旅したのでしょう。二人はモロッコの異次元の神秘的な砂漠の光景を目の当たりにして、あの名曲「モロッコ」が生まれたのでしょう。

湿気の多い国に住む私たちとは違う光景を、私も一度は体験してみたいものです。
「世界のどこよりも 影の濃い街モロッコ」(KUROさん:作詞)
このフレーズの圧倒的な表現力は、私の中で一つの目指すべき頂点となっています。

今では清志郎氏だけでなく、坂本龍一氏も既に故人となってしまいました。お二人のアートの素晴らしさと日本における貴重さにリスペクトしまして、同時にご冥福をお祈りしたいと思います。



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