今さらボブ・ディランを聴いています。ノーベル文学賞とディラン

ミュージシャン列伝

How many roads must a walk down
どれだけの道を歩めば
Before you call him a man?
一人前の「男」とみなされるのだろう
How many seas must a white dove sail
白鳩はどれだけの海を渡れば
Before she sleeps in the sand?
砂の上で休むことができるのだろう
Yes, and how many times must the cannon balls fly
どれだけの砲弾が飛び交えば
Before they’re forever banned?
撃つことを止めることができるのだろう
The answer, my friend, is blowin’ in the wind
友よ「答え」は風に吹かれている
The answer is blowin’ in the wind
「答え」は風に吹かれている

■ご存知「風に吹かれて」の1番部分です

1963年リリースされ、ボブ・ディランブームの先駆けとなったこの曲はあまりにも有名です。オーソドックスにこの歌からこの記事を始めます。

平和の象徴として「白い鳩」が歌われ、戦争の象徴として「砲弾」が歌われ、「答えは風に舞っている」とまだ解決していない進行形の状況にあると批判している歌です。説明するまでもなく、「白い鳩」や「砲弾」はパワーワードです。

これを歌う、ディランのしゃがれたような声質の特殊さはまた格別です。この歌にはこの声しかありえないとさえ思わせられるような中毒性のある声質です。声の圧倒的な特徴はいつ、どこで彼のどんな歌が流れてきても「アッ、ディランだ!」と分かるのです。

ここで、私は思うのです。
この和訳歌詞を見た時に、語数としては意外にも少ないので、このような歌であるならば日本人のポップスやロックでも十分にプロテストソングとして作れると直感しました。もちろん、才能あるメロディと才能ある歌詞が付けばの話です。

というのもディランの作る歌詞は、他のものはなかなかの難解さも同時にあり、そのたくさんのストーリーや語数と同じ意味の日本語は、同じメロディーにはとても乗り切れないと思うからです。

1963年と言えば、皆さんは既にお生まれですか? それとも?

仮にその年に生まれたとしたら、今年で60歳になるというわけですね。

彼が、ノーベル文学賞を受賞したのが2016年ですから、この歌から53年目、おおよそ半世紀の後にノーベル賞選考委員会が、公に高い評価を下したということになりますか。50年もすればその受賞者の時代的な評価がスタンダードとして定着したとみなしたということなのでしょうか?

この件に関しては、後半部分で触れることにします。

さて、「風に吹かれて」の歌詞についてはとても詩的で冒頭の「ハウ メニ ローズマスト ア~」という歌声が耳に印象強く残り、当時は意味も良くはわからないまま生煮え状態のまま、良きものとして聴いていたという記憶があります。

でありながら、すぐに反戦歌としてのスピリッツが明確であり、当時の公民権運動の旗手として、彼がたちまちのうちに祭り上げられたというのは頷けることです。

ベトナム戦争へのアメリカの参戦は1964年であり、この歌は1963年のリリースですからこの歌の反戦の意味は先の第二次大戦についての意味なのでしょうか?

公民権運動とは、「主に1950年代半ばから1960年代半ばにかけて、アメリカ合衆国の黒人が、公民権の適用と人種差別の解消を求めて行った大衆的な社会運動」とあります。

この時期ディラン自身、これらの運動への関りについてとても積極的だったように思われます。

公民権運動だけでなく、ディランは時代的に、反戦フォークとかカレッジフォークとかのブーブメントにも火をつけていった観は大きいです。日本の学生たちや吉田拓郎氏をはじめとする多くのフォークシンガーにも大きな影響を与えたということは、有名なことです。

また、同じ時代にはもう一つ世界中でビートルズ旋風が吹き荒れていたのも示唆的なことですね。

「時代は変わる」「ライク・ア・ローリングストーン」「激しい雨が降る」「天国の扉」などディランのとてもエネルギッシュで、直裁的な表現は多くの人々の心を動かしたわけです。

■ハリケーン/Hurricane

1975年アルバム「欲望」”Desire” に収録された曲。
「ハリケーン」Hurricane(壺齋散人による歌詞の日本語訳)

  銃声が夜の酒場に響いた
  パティ・ヴァレンタインが駆けつけた
  バーテンが血の海の中で転がってた
  パティは叫ぶ ”マイ・ゴッド 人殺し”
  こうしてハリケーンの物語が始まった
 当局から冤罪を着せられた男
  自分ではやってないのに
  監獄にぶち込まれた男
  かつての世界チャンピオン

床には三人が転がってた
  ベローという男が現場をうろついてた
  ”俺じゃねえ”といって手を振った
  ”盗みをやってただけだ 信じてくれよ
  犯人を目撃したよ” そういうと
  ”おまわりを呼んだほうがいい”
  パティはおまわりを呼んだ
おまわりは赤いライトを照らしながらやってきた
  ニュージャージーの暑い夜に

 その頃 町の別のところでは
  ルビン・カーターが友達とドライブをしてた
 ミドル級のナンバーワンボクサーだ
  いったい何がおきてるのかわからないまま
  おまわりに職務尋問をされた
  その頃までのパターソンの町では
  よくある光景だったんだ
  黒人なら不用意に外出などしないことだ
  面倒がいやならな

アルフレッド・ベローは仲間と一緒におまわりに言った
  おれとアーサー・デクスター・ブラッドレーがうろついてたら
 ”二人の男が逃げ去った どちらも中肉だ
  他州ナンバーの白い車に乗り込んで逃げた”
  パティ・ヴァレンタインも頷いて見せた
  おまわりがいった”こいつはまだ生きてるぞ”
  おまわりは男を病院に運ぶ
  男には目など見えなかったが
  犯人を目撃しただろうといった

夜明けの四時 ルービンは拘束され
  病院に連れてこられて 階段を上がった
  傷ついた男はルービンを見上げていった
  ”誰を連れてきたんだい こいつは犯人じゃないよ”
  こうしてハリケーンの物語が始まった
  当局から冤罪を着せられた男
自分ではやってないのに
  監獄にぶち込まれた男
  かつての世界チャンピオン

四ヶ月後 ゲットーは火の海
  ルービンは南部で自分のために戦う
  アーサー・デクスター・ブラッドレーは相変わらず泥棒稼業
  おまわりはアーサーを駆り立て 犯人をでっち上げる
  ”現場のことはよく覚えてるだろう?”
  ”逃げ去った車をよく覚えてるだろう?”
  ”逃げたやつはあのボクサーだったんだろう”
 ”お前は白人なんだぞ”

アーサーは答える ”よく覚えてない”
  おまわりはいう ”よく考えてみるんだな
  仕事も世話してやったんだし お前はベローとは違う
監獄に舞い戻りたくなかったら いい子にしろよ
  世の中のためになれよ
  あのゲス野郎は英雄気取りで
  おれたちには癪に障るんだ
  あいつに罪を着せればいいんだ
  あいつはただのゲスだからな”

ルービンは一発で相手を倒した
  でもそんなことを自慢したことはなかった
  それが仕事さといった 飯の種さ
  仕事が終われば自由気ままな
  時間を楽しむのさ
  魚が泳ぐせせらぎやきれいな空気
  そんなものが好きなのさ
そんなルービンを監獄にぶち込んだ
  人間をねずみに変える場所

ルービンの告発状はでたらめだらけ
  裁判は茶番劇 チャンスはない
  判事はルービンのいうことに耳を傾けず
  白人たちはルービンをならず者あつかい
  黒人たちはルービンを気違いあつかい
  ルービンが犯人だと信じて疑わない
  結局たいした証拠もないままに
検事はルービンが犯人だと主張し
  陪審たちも同調した

ルービン・カーターは冤罪によって
  一級殺人罪を宣告された
  ベローとブラッドレーはうそをつきとおし
  新聞は判決をうのみにする
  ひとりの男の人生が
 愚者たちによって裁かれ
  冤罪を着せられる
  ぼくは自問する いったいこの国はどうなっているんだろう

法治国家じゃないのか

犯罪者にも人権が認められ
  監獄内でも少しは自由でいられるが
  ルービンは狭い独房に釈迦のように座る
  この世の地獄を生きる無垢の男
  これがハリケーンの物語
無実が明らかになり 自由になるまでは
  決して浮かばれない男の物語
  監獄にぶち込まれた男
  かつての世界チャンピオン

長い歌詞の曲です。

ディランは、この曲のテーマを、1960年代半ばにおきた現実の冤罪事件からとっているとあります。黒人のプロボクサー、ルービン・カーターが、ニュージャージーで起きた事件で不当逮捕されたというもの。

ところで、これは歌詞?と思える内容なんですかね。まるで、映画のパンフレットに乗せられた巻頭のストーリー解説書みたいだと思いませんか? もし、これが日本語歌詞だと、とてもこれだけの内容語数はメロディにうまく乗っかれません。

ところが、それがボブ・ディランの歌だとそれなりにメロディに乗っかっているんですね。おそらく、英語でも字余りソング調なのだと思いますが、ディランの気迫と早口でそれをやっちゃうんです。

YouTubeで見た、Live画像では、アコギで歌うディランの真横で髪の長い女性がバィオリンをかき鳴らすその曲想がディランの歌声と奇妙にマッチして、いい感じに聞こえるんですね。これがまた。

そしてバックにはエレキを抱えた男性が立っているので、ロックバンドの編成にはなっているんですが、バィオリンの効果がスゴイのです。

これは、おそらくディランの得意とするトーキング・ブルースのジャンルにはいるものだと思います。日本だと、これほどの語数の多い歌詞は、講談師のような語りの歌にしかできないと思います。

例えば宇崎竜童・阿木曜子さんの「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコズカ」や武田鉄矢さん「母に捧げるバラード」、加川良さん「下宿屋」などの語り歌のような。

さて、「ハリケーン」というディランのストーリー調のトーキング・ブルースは、正面から権力を批判したプロテストソングになっています。歯に衣着せぬその言い回しは、ストーリー仕立てになっているからこそ可能となるものでしょうか。

権力者の暴走は、ロシアのプーチンをみれば一目瞭然ですが、その手先としての末端である警察権力のこういったでっち上げ逮捕などは、日本でも冤罪事件として存在します。

例えば狭山事件はその最たるもので、その「初めに偏見と差別アリ」の状態では権力上部の意向が末端組織への影響を及ぼして上下一体的となったでっち上げが行われることが解ります。そして、この事件はディランの取り上げた事件ととても近い時期である63年の事でもあります。

■ボブ・ディランの影響とその独自性

ディランは、かつて日本のフォーク・シンガーたちにも多大な影響を与えました。直接的な例では、泉谷しげる氏の「春夏秋冬」のメロディはボブ・ディランの「時代は変わる」のメロディにソックリです。そんな時代だったのです。

B’zさんの、ウルトラソウルの歌い出しも「風に吹かれて」の歌い出しの歌詞に似ています。

しかし、ビートルズやボブ・マーリーなどと共に、こうした多くの大物ミュージシャンたちの影響が遠のくにつれて、日本でも世界でも音楽レベルの低下をきたしているという心配があります。

世界中で起こった60年代・70年代のフォークやロックミュージックの一大ムーブメントは、世界の音楽レベルを引き上げましたが、その遺産が必ずしも十分には引き継がれていないというのは、私だけの心配なのでしょうか。

ボブ・ディランは、63年の「風に吹かれて」によって、いっきに公民権運動の旗手へと上り詰めた人物です。彼が、ステージでエレキ・ギターを持ったときに大ブーイングが起き、当初のアコギとハーモニカだけのプレイスタイルを支持する人たちと、ロックスタイルを支持する人々に大きく二分されたのでした。

俗に、ボブ・ディランがステージでエレキを持った時に。新しく「フォーク・ロック」というジャンルが確立されたというのが歴史的な定説らしいです。

日本でも似たことがありました。「フォークの神様」と呼ばれた岡林信康氏がある時、ロックに目覚めてバックバンドに「はっぴぃえんど」を起用したときのことです。

この時のことを、岡林氏自身が「離れていきましたね。ファンが…」と言うのは、今でこそLIVEの一コマですが、そんな時代だったのです。なにせ、あのはっぴぃえんどをバックに付けたのにですよ。そこには、細野晴臣も大瀧詠一もいたのですよ。ビックリでしょう。

■天国の扉

もう一つ「天国の扉」(1973年、アルバム「ビリー・ザ・キット」)を取り上げてみます。原題は”Knockin’ on Heaven’s Door”とあり、原題には「ノックしてる」意味合いがあって歌の内容には合致していると思います。

ボブ・ディランにしては、語数が少なく効果的なリフレインの多い歌に仕上がっていて、とても印象が明確な歌です。名曲だと思います。1973年リリースとは、明らかにベトナム戦争の帰還兵士をイメージする歌だと思います。私の解説など必要のないくらいに分かりやすい歌詞であり、読んでいただくだけで理解してもらえるのではないでしょうか。

キリスト教などの文化圏では、日本人の八百万の神々とは違い「絶対唯一無二」の絶対神との契約によって成り立っていますから、戦争帰還兵たちが戦地で犯した罪を振り返り、神との対話の中で感じている疎外感には計り知れないものがあるのかも知れませんね。そこに、この歌が刺さるのです。

Mama, take this badge off of me
I can’t use it anymore
It’s getting dark, too dark to see
I feel I’m knockin’ on heaven’s door

母さん、このバッジを外してくれ
もう使い道はない
暗くなってきた、暗くて見えやしない
俺は天国の扉をノックしているところさ

Knock, knock, knockin’ on heaven’s door
Knock, knock, knockin’ on heaven’s door
Knock, knock, knockin’ on heaven’s door
Knock, knock, knockin’ on heaven’s door

ノック、ノック、天国の扉をノックする
ノック、ノック、天国の扉をノックする
ノック、ノック、天国の扉をノックする
ノック、ノック、天国の扉をノックする

Mama, put my guns in the ground
I can’t shoot them anymore
That long black cloud is coming down
I feel I’m knockin’ on heaven’s door

母さん、俺の銃を置いてくれ
もう撃てやしないさ
大きい暗い雲が覆いかぶさってくる
俺は天国の扉をノックしているところさ

Knock, knock, knockin’ on heaven’s door
Knock, knock, knockin’ on heaven’s door
Knock, knock, knockin’ on heaven’s door
Knock, knock, knockin’ on heaven’s door

ノック、ノック、天国の扉をノックする
ノック、ノック、天国の扉をノックする
ノック、ノック、天国の扉をノックする
ノック、ノック、天国の扉をノックする

■ノーベル文学賞という偉業はなぜ?

ノーベル文学賞の発表を控えた日には、日本のハルキストたちがひとところに集って、今回こそはとかたずをのんで発表を待つ様子がニュースで流れたりします。

さて、2016年の発表の時には、彼らの中に不思議な空気が流れた瞬間があったように思います。果たして「ボブ・ディラン」との発表があった時、一番に「えっ?」という「想定外!」という空気が流れ、次に「ディランなら納得するか、仕方ない?」みたいな空気が流れたように思います。

何故なら、村上春樹の小説の裏には、明らかにビートルズやボブ・ディランの存在が見て取れるからです。

でも、一番驚いたのはディラン本人であったかも知れません。自分の歌が「文学」であるとの認識が本人の中にどれほどあったのかという問題です。相当に面食らったために、受賞表明までかなりの時間(タイムラグ)があったようでした。

とにもかくにも、文学賞なのですからそれは歌詞部分への高い評価であったことは間違いないことでしょう。一人の反体制詩人ミュージシャンを支持し続けた世界の自由さと、体制に忖度して自粛するミュージシャンたちの多い、この日本社会のギャップとは何なのでしょうか。メディアも発売する会社も腰抜けな日本は、今やゆるやかな独裁国家だと思います。

ロシアや中国のことばかりダメ出しは出来ません。明日は我が身なのですから。人類が血を流してまで勝ち取った「表現の自由」の権利も日々行使しなければ、アッという間にサビ付き風化して日本社会のような忖度社会になってしまうのです。







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