■洋楽の歌詞の特徴
洋楽の歌詞の特徴らしきものを探るために、次の三曲の歌詞を覗いてみました。曲は知っていて好きな部類の歌なのですが、歌詞の中身の意味については今回初めて知りました。
1.ボヘミアン・ラプソディ(クイーン)
2.名前のない馬(アメリカ)
3. ホテルカリフォルニア(イーグルス)
何れも大ヒット曲です。すると意外にもそれらは充分に詩的(散文詩的)であり、ストーリー仕立てであったりしました。
もう少し詳しく言えば特徴としては、
・どれも歌詞としての語数が多く、散文詩的で長い。
・内容がミステリアスで謎めいている。その分、詩的だとも言えます。
・表現の世界(観)が広い。日本のロックの歌詞ではまず扱わないようなテーマや事象、概念などが自由に語られている。
・他にも詩的な根拠としては比喩表現的、示唆的表現が多用されている。また、裏には告発や主張がある場合も多い。
・従って行間や裏を深読みしなければ何を言わんとするのかが、容易には解らないものも多い。
・それぞれの歴史的なものや、叙事的なものに由来する部分もありそうなので、そういった教養がないと、読み解けない部分もあるかも知れない。
ざっと、こんなところでありましょうか。
他にも私の見落とした特徴があるかも知れません。
これらの歌詞の特徴は、和製ロックの歌詞にはほとんど欠落したものです。言い換えれば最近の和製ロックの歌詞には詩的アプローチがおおよそ欠けていると言うべきでしょうか。そこにあるのは、個人的な想いだけの戯言でしょうか。
■ボヘミアン・ラプソディ
例えば、「ボヘミアン・ラプソディ」は、フレディー・マーキュリーの複雑な生い立ちを知り、その背景を理解しないと歌の全体が読み取りにくいようです。
「ラプソディ」とは、「自由奔放な形式で民族的または叙事的な内容を表現した楽曲。」とありますから、この歌は「民族的」「叙事的」側面を持つというピントが既にタイトルにあるわけです。
そしてまた「ボヘミアン」とは、ロマと呼ばれる流浪の民族の別称です。以前は「ジプシー」と呼ばれていた人達のことで、さらにその語源は「イージプシャン」で「エジプトから来た人々」となります。
ただし、ジプシーの発祥は「インド」だと言われていて、それを西ヨーロッパ側から見てみると、それは東方向からの来訪者であります。それは時としてはエジプト方向からの来訪者のように見えるため「イージプシャン(ジプシー)」と呼ばれ、また時としてはボヘミア地方(東ヨーロッパ)からの来訪者と見られたという歴史的な事が絡んでいます。
そこで、なぜフレディー・マーキュリーがこの「ボヘミアン」という言葉を使ったのかという問題につきあたります。彼らは、芸能やダンスなどに長けた民族のようですが、同時に被差別の流浪の民でもあります。ナチスがユダヤ人とともに捉えて殺害の対象としたことでも知られています。
その問題は、どうやらフレディの生い立ちになぞらえたことだと言われています。彼はペルシャ系インド人と言われ、出生地はアフリカのタンザニアです。幼少期をインドで過ごし、大学以降をイギリスで暮らしたということから、その遍歴の複雑さから自らのことをボヘミアンと重ねたのでしょうか。
タイトル一つを取っただけで、これだけの謎めいた考察が必要なほど叙事的な内容が絡んでいるのです。
■名前のない馬
「名前のない馬」も、言葉は平易ですがその真意はとても解りにくいです。
「砂漠では雨にぬれないからいい」という内容のフレーズが繰り返し出てきますが、そんなに「砂漠がいい」という真意は日本人にはわかりにくいものです。それは、何を示唆する表現なのか、今のところ私にも不明です。
「砂漠」は何を比喩として意味しているのか? なぜ「名前のない馬」なのか? 歌詞として理解できるために、まだ私の精進が足りておりません。
何かの解釈では、「砂漠を旅するなかで様々な生き物・無生物を見ることで、生命の輪廻に気づいた」というような内容とありましたが、そんな内容で歌う日本のロックバンドがあったら教えてください。
ともあれどのような内容であっても、曲としてはとても魅力あるメロディに無理なく心地よく英語の歌詞が乗っています。これほど多くて長い語数が英語という言語の特性として、メロディに乗り易いのでしょうか。それとも英語の特性に合わせてロックが誕生したからなのでしょうか。
ところで、これらの歌に日本語の訳詞を、そのまま原曲のメロディに乗せられるかというと、とてもとても無理であります。そしてそれは、無理なだけでなく例え乗せれたとしても間の抜けた難解さだけが残り、しっくり合わない感じが残ると思います。
それを、回避するためには忌野清志郎氏の「イマジン」のように思いっきり意訳しないとならないでしょう。
つまり、洋楽では美しいメロディに英語ではあれほどのドラマやたくさんの表現が乗っかっているということを、私たちは知っておかなければなりません。その上で、和製ロックを評価できる目を持たなければならないということです。
もう一度言います。英語の歌がいいのは、自由な表現で歌の世界を詩的に押し広げて行けることでしょう。日本人のロッカーに、「砂漠の情景」や被差別の民である「ボヘミアン」の概念をロックで表現できるような詩人ロックアーティストが存在するとは思えません。
そしてもう一つは「表現の自由」が担保されていないこの日本社会の状況を、席捲するような形でタブーを打ち破るような気概のあるアーティストがいないと思います。忌野清志郎も死んでしまった今は、B‘zやグレイでは、かなり役不足だと思います。
ここで取り上げた「ボヘミアン・ラプソディ」も「名前のない馬」も何パーセントかは社会への告発の意味も含有されているものと思われます。その精神が英語の自由な表現の散文詩とロックの音やメロディにぴったりとあうところから、伝統的に反骨のスピリットが受け継がれてきていることもあるのだと思います。
片や、日本語ロックの先駆者たちは、その点についてひとかたならぬ苦悩と闘ってきたようです。ロックのリズムに日本語は乗らないと主張する英語ロックの一派のノイジーな妨害とも戦いながら、「はっぴぃえんど」をはじめとするミュージシャンたちはまさに日本語ロックを確立してきたのです。
そのお陰で、日本語ロックの存在や有効性を、今ではだれも疑いません。
しかし、時代が深まりここにきて、改めて問われるべきは「表現の自由」をアーティスト自身の自己規制によってドブに捨て去っているような姿には目に余るものがあるという点です。
この国の若者に蔓延する不満や社会不安を表現した歌は唄えないは、ましてやこの戦争の時代にウクライナの一つも唄えないようじゃ、本来的なロックの反骨精神に背いている。腰抜けばかりと言われても仕方がないでしょう。ロックの原点は反骨精神にあると思うからです。
アーティストたる者、もっと社会の事象にも目を向け、何を歌うべきか考えるべきであると言えば、それは言い過ぎでしょうか。否!
■ホテル・カリフォルニア
ここでは「ホテル・カリフォルニア」の和訳歌詞を例にとって分析してみます。
ホテルカリフォルニア イーグルス
夜の砂漠のハイウェイを走ってると
涼しい風が僕の髪をなびかせる
コリタスの温い香りが
あたりに立ち上がっている
遠くを見やると
かすかに揺らめく光が見えた頭が重くなり 目もぼやけてきたから
どこかで 夜を過ごさなきゃって思ったんだ
そこは 彼女が入り口に立っていて
礼拝の鐘が聞こえた
私は自分に問いかける
「ここは天国か それとも 地獄か」
彼女はロウソクを灯して
私を案内する
回廊を降りていくと 声が聞こえてきた
こういう風に聞こえたんだ
ようこそ ホテルカリフォルニアへ
とても素敵な場所です
とても素敵な人たちです
ホテルカリフォルニアには たくさんの部屋があります
一年中 いつでも
いつでも部屋をご用意しています
彼女の心はティファニーの宝石のようで
メルセデスベンツのような曲線ボディ
たくさんのかわいい彼氏もいるけど 彼女は友達って呼んでる
中庭では 汗をかきながら 踊る人達がいて
思い出す為に踊る人もいれば 忘れる為に踊る人もいえる
私は責任者を呼んで言った
「ワインを持ってきてほしい」
彼は言った
「ここには そのお酒(スピリット)は1969年以降置いてません」
遠くから まだあの声が聴こえてくる
真夜中に目を覚まさせるように
こう聞こえるんだ
ようこそ ホテル・カリフォルニアへ
とても素敵な場所です
とても素敵な人たちです
みんなホテル・カリフォルニアを楽しんでいますよ
なんて素敵なサプライズ
口実をつくって お越しください
天井の鏡
氷に浸かったピンクのシャンパン
彼女は言った
「私達はみんなここに囚われているの 私達の場所だけど」
ホテルの支配人の部屋に
みんな 宴の為に集まって
それを 鋼鉄のナイフで突き刺す
しかし その獣を殺すことができない
最後に覚えているのは
私は出口に向かって走っていたんだ
元居た場所に戻る道を探して
「落ち着いて」夜の警備員は言った
「これから言うことを 受け入れるんだ
あなたは いつでも好きな時に チェックアウトできる
だけど 決して ここを離れることは出来ないんだ」
■分析1
これは、ドラマ仕立ての作りになっていますが、それでもミステリアスでかなり難解な内容です。私達は、今でも時折ラジオなどから流れてくるこの歌にしばし耳を傾けたりするのですが、歌詞の内容は難解なのです。(だから奥があって面白いのだと考えるのが正しいと思いますが。)
初めに、「コリタス」「1969年」というキーワードについて考察しておきましょう。
コリタスは、砂漠地帯にあるサボテンの一種とありますが、メキシコではマリファナの隠語でもあるとの説明が出てきます。
この歌ではもう一つ「そのお酒(スピリット)は1969年以降置いてません」というフレーズがもう一つのポイントになっています。ここでは、「1969年」という年の意味合いがどんなものなのかということが大切です。
実は、1968年・1969年の2年間という年は、世界中でかなり特殊な2年間です。この時、日本では全共闘運動として東大、日大、京大を始め全国の大学紛争が巻き起こっていました。フランスではパリ大学のカルチェラタン闘争が有名です。
もちろん、アメリカでも似た状況がありました。中でもニューヨークのコロンビア大学の紛争は有名で、後に「いちご白書」という映画にまでなりました。そのことを受けてユーミンは「いちご白書をもう一度」という曲を作りました。
まさに世界中の若者たちが政治的理想を求めて立ち上がった年が、この2年間に集約されています。
アメリカでは、1960年代を通して公民権運動が盛んでした。それを背景として60年代前半にはボブ・ディランが登場してきます。公民権運動の先導者としてディランは人気と評価を勝ち得ていくのです。
ところが、アメリカではキング牧師の暗殺、ジョンFケネディ氏の暗殺など、暗雲が立ち込めてきます。どこの国でも学生運動は官憲(日本では機動隊)に押しつぶされて1969年までには収束してしまいます。
さらには、アメリカではベトナム戦争のドロ沼化に対する市民の反戦運動が盛んになります。それらすべてがないまぜになっていた、一つの時代転換期のシンボル的な年、それが1969年です。私は、それは日本人の歴史的常識事項だと思うのですが。
つまり、世界のロックミュージシャンたちは、歴史的・社会的・叙事的事項に対して見ないふりなどせずに立ち向かおうとしているということを、頭に置いておくといいでしょう。
■分析2
この歌詞はドラマ仕立てになっていて、夜の砂漠を走る1台の車が偶然に遭遇するホテルを訪れることになるところから始まります。情景描写に始まり、ホテルの入り口で女性に迎え入れられるのです。
果たして、その迷い込んだホテルでは桃源郷のような甘美なもてなしを受ける。
それはマリファナによってもたらされたものなのでしょうか。
1969年当時は、マリファナを吸う事と体勢的なものへの反発は一体的な事としての空気があって、ヒッピー文化のような共通認識なのでしょうか。映画「イージーライダー」を見ているとそう感じます。
日本では、マリファナに関する国民の意識も法的な対処も大きくアメリカとは違いますが、学生運動としての反体制運動は「安保反対」を目標として1969年に終局を迎えるのです。
イーグルスにとって、その1969年という「古き良き時代」への回帰のイメージが重要だったのかなと考えれば、納得もいきます。
この歌詞の結末は、「囚われの身」として「そこを出て行けない」という終わり方となっている。それは、時代として権力に負けたことを意味するのでしょうか? または、別なメッセージがあるのでしょうか?
この時期、アメリカはベトナム戦争からようやく撤退した頃でまだその暗い後遺症が強かった時期だと思います。そんな時代の気分をこの歌が癒したのかもしれませんね。とにかく自分たちの社会にミュージシャンたちが目を向けて、それを詩的に表現し続けているということは忘れないようにしましょう。
片やここで、和製ロックの歌詞を一つ載せてみましょう。

ご存知「ウルトラソウル」です。
先に挙げた3点の洋楽と比べてどう感じますか?
何やらメッセージぽく聞こえますが、私には物足りなさが否めません。
・まず第一に「詩的」表現ではない。「入り口を入ったら、すぐに出口」みたいな表現にしかなっていない。
・ですから、ターゲットとしている社会的事象の存在などの奥行きが感じられない。
・自分の内省ばかりに目を向けた内容で、「他者の存在」や「取り巻く社会との関係性」が
敢えて避けられている。(体制迎合的?)
・忌野清志郎氏がなぜキングオブロックと呼ばれたのか? そのことに気づいて欲しい。彼を日本社会で孤立させてきたのは君たちのせいだと言われたらどうしますか? Youは。
私は、「ウルトラソウル」なんて、意味不明な言葉でお茶を濁しているような場合ではないと思うのですが。


コメント