ポール・サイモンの詩人性
フォーク・ロックグループ、サイモン&ガーファンクルは、1964年「水曜日の朝、午前3時」でデビューし、1966年「サウンド・オブ・サイレンス」でブレイクします。それは、映画「卒業」の挿入歌として採用されて、歌・映画ともにヒットしました。
この歌のタイトルも意味深です。「沈黙」の「音」という意味はとてもパラドックス的です。
ここでは、「コンドルは飛んでいく」の歌詞の韻の踏み方を見ていくことにします。歌詞で韻を踏むと語調の響きが整い、とても印象の強いイメージを与えることが出来ます。
I’d rather be a sparrow than a snail
Yes, I would
If I could
https://www.youtube.com/watch?v=enHUwJIE00cI surely would
I’d rather be a hammer than a nail
yes, I would
If I only could
I surely wouldAway, I’d rather sail away
Like a swan that’s here and gone
A man gets tied up to the ground
He gives the world its saddest sound
Its saddest soundI’d rather be a forest than a street
Yes, Iwould
If only could
I surely would(訳詞)
カタツムリよりも スズメがいい
そうさ なれるなら
きっとそうするさくぎよりも ハンマーがいい
そうさ なれるなら
きっとそうするさ遠く 遠くへ船出がしたい
飛び立っていった白鳥のように
人は大地にしばりつけられ
世界へ発する
その最も悲しい声を街路より 森がいい
そうさ なれるなら
きっとそうするさ自分の足で 大地を感じたい
そうさ できるのなら
きっとそうするさ
歌詞の時代背景
この曲は、もともとアンデスのフォルクローレにポール・サイモンが歌詞を付けて1970年にリリースしたものです。
当時の時代背景として、ベトナム戦争が激しさを増したころ、1968年にレコーディングされたと言います。それに対してロック、ヒッピー文化や公民権運動などカウンターカルチャーがとても盛り上がった時期でもあり、この状況に影響を受けた歌詞の内容にも思えます。
この曲の韻の「踏み方」を見てみましょう
・1番の「snail」と2番の「nail」は音として明らかに「韻」を踏んでいます。
しかも、「snail」(カタツムリ)は「sparrow」(スズメ)との意味的な対極を感じます。つまり、空を飛べるものと、地べたを這いまわるものとの対照です。
しかも、「sparrow」(スズメ)は語感の似た「swallow」(ツバメ)ほど自由感は感じられないところがミソです。「rather be」の意味が「どちらかというと」の意味を含みますから、「絶対、こっちがいい」という感じではありません。
Yes, I would
If I could
I surely would
の部分も明らかに「韻」を踏んでいます。これは、日本語に訳してしまうと「韻」が見えなくなります。
この歌は、五感としての「韻」の踏み方が面白いのと、訳してみて詩情としての意味合いの対照的な部分の面白さという二つの面白みがあります。そこに、ポール・サイモンの詩人性が垣間見えます。
「カタツムリ」と「スズメ」の比較
地べたを這いまわる「カタツムリ」は、権力によって大地に縛り付けられた民衆を連想させ、「スズメ」は、スゴイ自由な鳥ではないけれど何とか飛べるのでまだましといった感じですか。
「nail」(釘)と「hammer」(金づち)の比較
民衆と権力者を比喩として表現した言葉だと考えられます。
この曲のタイトルは「コンドルは飛んでいく」ですが、中の歌詞に「コンドル」は出てきません。森達也さんの著書の説明によれば、この歌の「コンドル」は伝説の英雄「コンドル・カンキ」の事を意味しているから云々という説明がありました。
「コンドル・カンキ」は、ホセ・ガブリエル・コンドルカンキ、1738年~1781年のことであり、植民地時代のペルーにおける反乱の指導者のことです。またの名をトゥパク・アマル2世(インカ帝国の末裔だと自称)というそうです。
ポール・サイモンの功績
ビートルズがまだ解散前の健在な頃です。サイモン&ガーファンクルは「サウンド・オブ・サイレンス」、「スカボロ・フェアー」、「コンドルは飛んで行く」、「明日に書ける橋」ととてつもない大ヒットを連発していたフォークデュオの存在でありました。
その中心がポール・サイモンであり、彼の才能が生み出した名曲は今も尚、スタンダードとして長く歌い継がれているものです。そしてこれからも不滅なことでしょう。
そのスタジオアルバム作成においては、凝りに凝った完璧な音作りで彼の完璧主義的な感じさえします。聞くところでは「スカボロ・フェアー」の曲一曲だけで、半年の時間をかけたとも言います。スゴイことです。たしかに、不思議で実験的な美しい名曲です。
ここでも、「韻」の踏み方のすばらしさを取り上げたのですが、全体的に言葉の美しい響きをとても大事にして作詞が成されているということが分ります。
私は、もっと多くの人たちに彼らの歌が聞かれて歌い継がれること期待しています。
かつての一時期、中学校の音楽の器楽の教科書に「コンドルは飛んでいく」のリコーダーパートが採用されていましたね。
いまでは、懐かしいことのようではありますが、若い人たちはこんな歌をどの程度知っているのものでしょうか? 特にシンガー・ソングライターを目指すような人たちには、研究の対象にしてでも生かして欲しいと思います。



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