一度リリースした歌の歌詞を作り直して再リリースしたら大ヒットした歌がある。

歌詞の良し悪し

この歌詞がどんな歌か想像してください

明日が見える
今日の終わりに
背伸びをしてみても
何も見えない
なぜか さびしいだけ
なぜか むなしいだけ
こうして はじまる
一人の 悲しみが
心を寄せておいで
温め合っておいで
その時 二人は何かを見るだろう
一人がだまって
いたいときには
一人はなぜかしら
話したくなる
なぜに 二人だけが
なぜに 話せないの
こうして はじまる
ひとりの 悲しみが
心を寄せておいで
温め合っておいで
その時 二人は何かを見るだろう

どうでしょうか? お分かりですか。
ヒントとなるフレーズは、
なぜか さびしいだけ
なぜか むなしいだけ
の部分です。

これは、「一人の悲しみ」というタイトルの歌で、ズー・ニー・ヴーというグループが歌ったものです。作詞:阿久 悠 作曲:筒美京平 ですが、これを後に阿久 悠氏が以下の歌詞に書き換えたのです。そうです。リメイクして生まれ変わったのは、「また逢う日まで」という曲です。

また逢う日まで
逢える時まで
別れの そのわけは
話したくない
なぜか さみしいだけ
なぜか むなしいだけ
たがいに 傷つき
すべてをなくすから

二人でドアをしめて
二人で名前消して
その時心は何かを話すだろう

また逢う日まで
逢える時まで
あなたは何処にいて
何をしてるの
それは 知りたくない
それは聞きたくない
たがいに気づかい
昨日にもどるから

ふたりでドアをしめて
ふたりで名前消して
その時心は何かを話すだろう

歌詞の違いが明暗を分けた

どうでしょうか。おそらくご存知のこの曲は、珍しく一端リリースされた後、もう一度歌詞が書き換えられて別の歌手が歌うと言う形で再リリースされたものです。

元々、書き換える前の作詞者が自ら書き直したということで、このようなことが可能となったのでしょう。でも、とても珍しいことではないでしょうか。単なる替え歌ではありませんから。

尾崎紀世彦氏が歌った、後の歌はその年のレコード大賞を獲得したのですから、相当のヒットです。しかし、元歌の「一人の悲しみ」の方はヒットせず、その存在すら知りませんでした。

アレンジはホボホボ似たようなもので、歌手の歌唱力に雲泥の差があったわけでもありません。メロディは同じですが、歌詞の違いによって、かなり曲の印象は違うように思います。

つまり、歌詞の有り様が、「ヒットする・しない」を大きく分けたということでしょう。「また逢う日まで」のほうでは、書き換えのコンセプトが「明るい別れ」というものだったと言われます。

その、「別れなのに暗くない」雰囲気が受けたのでしょうか。皆さん、もう一度二つの歌詞をよーく見比べて見てください。明らかなことは前者は言葉選びに具体性を欠く曖昧な表現が多くて、後者の方は曖昧ではないシャキっとした言葉選びが成されています。その分かりやすさがポイントになったのでしょうか。

元歌は1970年、翌年には尾崎紀世彦の歌としてリメイクされています。ズー・ニー・ヴーというグループの名誉のために付け加えておきますが、「白い珊瑚礁」という歌をヒットさせている、そんなグループです。

この出来事から考えられる教訓とは、歌詞の違いとその良し悪しで、歌は大きく様相が変わるということです。

作詞家:ヒットメーカー阿久悠について

昭和の作詞家である阿久悠は、演歌のヒット曲からポップス調のピンクレディ、沢田研二など、実に幅広く数々の歌詞を書き、70年代から台頭してきたシンガー・ソングライター群の新興勢力を迎え撃つように奮闘した作詞家という印象があります。

70年代は、フォークからニューミュージックへの流れのなか、一方では歌謡界という旧来のフィールド上では両者の攻防とともに、野合・混血も盛んにおこなわれます。

この時代はまだ、レコード大賞など歌謡曲のヒット曲はテレビやラジオの媒体にけん引されていました。そこでよく聞く曲は、商店街やいろんな場でも流れ、子どもからオジイちゃんオバアちゃんまで誰もが知るような状況でした。そこは、今とはかなり違う状況です。

昭和歌謡のなかで、阿久悠氏の作詞曲は今でも大きなシェアを誇っています。

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